「2−19」無能勇者、空に掲げた聖剣
激突は光と光、膂力と膂力、相手の主張と主張がしのぎを削り合っていた。刀身がぶつかり合う度に火花が散り、幾たびにも及ぶ剣舞の交差は、周囲に風の流れを生むほどに激しい物だった。
風の中心、台風の目であるそこには、二つの勇者が居た。
一人は『竜刻のベルグエル』と呼ばれた大英雄。かつて邪竜殺し、天下無双、武人としての名声を欲しいままにした生きる伝説。――そして今は、人類を裏切った魔王の手下。
「ウぉおおおおあああああッヅヅッッ!」
放たれる聖剣の輝き。恩を仇で返す一撃、英雄と呼ばれただけはある重みと痛み、そして威厳を感じた。
恐らく、以前の俺ならば瞬殺されていたであろう。自らの実力を慢心し、真実から目を背けていた俺では。きっと、虚構で固めたプライドごと潰されたであろう。
でも、俺は。
(今の俺は、自分が無能だってことを、知ってる!)
「ッ……うぉおああああああああっっづづっっ!」
自らに足りない物があるのであれば、それを補おうとするのが人だ。己を鍛え上げ、精神を整え、勝つため手に入れるための手段や活路を見出すべく、思考を延々と巡らせる。
俺は無能だ、それだけは間違いない。力も無いし、大した魔法も使えないし、頭もいい訳じゃない。――だからこそ、俺は自らを補填する。
無数の火花と金属音が激しく舞い散り、お互いは距離を取った。
「はぁ、はぁ……」
「……」
俺は、やるだけの事はやった。基本に忠実に、相手の次の一手に対して二手を返す、魔法で体を強化しながら、速度と一撃の重さに重点を置いた。――それでも、互角でしかなかった。単なる拮抗、同等、決定打は見いだせない。
持久戦にもたれ込みつつあるこの戦いでは、俺の方が不利だった。体力には多少なりとも自信があったものの、相手をまだまだ見くびっていたようだ……。
「――勇者だな」
「……は?」
いきなり何を言い出すかと思いきや、なんだそれは。
「そりゃあ、仮にも聖剣を担っているんだ……どういう訳か、いきなりちゃんと使えるようになったけど」
「そっちじゃねぇよ、間抜け。そんな事も分からねぇんだから無能なんだよ、お前は」
まぁいいか。ベルグエルはため息をつき、持っていた聖剣を構えた。やけに前かがみの前傾姿勢、走り込みで来るとしても低すぎやしないか? ――そう、思っていた。
「――」
それは重圧だった。物理的な圧や痛みなどではない、無いはずだった。なのに俺は心底痛みを感じ、目の前の存在に脅威を感じている。今までよりも尚強固で強靭な存在であると錯覚するほどには、魔力で練り上げられた身体は戦慄している。
恐らく今から来るのは、全力の一撃だ。
邪竜をも抉り殺し、山すらも屠ったとされる最強の攻撃。覇道を貫き、今もなお語り継がれる伝説へと自らを押し上げた、聖剣による至高の一撃。――まともに受ければ、あのアーサーでさえも無事では済まない一撃だと、確信した。
しかし俺は、とうとう狂ってしまったのだろうか? それ以外には特に感想を抱かず、ただただ目の前の事象に対しての対処を淡々とこなすだけである。自らができる構えを取り、残った魔力を全て身体強化に回し、体中にぐっと力を込めている。
いいや、狂ってしまったわけではないのだろう。俺はただ向き合っているだけ、目の前の大英雄に、自らを必殺するべく放たれる一撃に対して、出来損ないの勇者として、出来るだけの事をしようとしているだけに過ぎないのだ。
俺は全ての余力を、この一太刀に預けることにした。
構えはやや前屈み。左足を前に出し、右足を後ろに設置する。聖剣は構えるというよりも担ぎこむような姿勢……相手を真っすぐ見据え、俺は真正面からぶつかる事を決めた。
先程まで吹いていたはずの風が止み、辺り一帯は無風と成った。
「……」
「……」
二つの魔力の塊を中心として、殺意と気迫が渦を巻く。しかし俺たち二人はそれに流されることは無い、ただ目の前の存在に一点集中……どちらかが動けばどちらかも動き、それで決着は着く。
無風。
無風。
無風、揺らぎ。
そして吹きすさぶ爆風。中心にいた二人のうち、どちらかの鮮血が宙を舞った。
「……」
「……かっ……」
倒れ込む俺の体、痛みはある。血も出た……痛い、痛い。これが大英雄、これが……『竜刻のベルグエル』! だが、俺にも意地と、礼儀がある。これだけは、これだけは言わなくては……。
「……ガド、とか言ったな」
「……お、れの」
見えないが、英雄が笑ったような気がした。背中合わせに、倒れ込むような音が聞こえ、直後に俺は振り返って……言いたいこと、言わなければいけない事を言った。
「……俺の、勝ちだ……!」
血だまりの中の俺は、さらに大きな血だまりに倒れたベルグエルと、叩き折れた聖剣を空に掲げた。掲げた聖剣の刀身は、真っ青な空から降り注ぐ光に照らされ煌々と輝きを放っていた。
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