「2-18」無能勇者、覚醒する

 自分と相手の力量の差を考えた上で、戦いで重要な要素。戦闘スタイルによって様々な意見が出るとは思うが、基本を重視する俺から言わせれば、答えは即ち間合いである。


 間合いは戦闘時、何時如何なる場合においても重要な意味を持つ。


 回避のための間合い、攻撃の為の間合い、相手の一手を読むための間合い……自らと相手の攻撃手段を全て計算した上で導き出されるそれさえ守っていれば、相手への有利不利も必然的に変わってくる。――そして俺は、完全に間合いを掌握されていたのだ。


「ヌぅううううああああああづづづづっつ!!!」


 体格差、そして何より手数の多さに圧倒され続けている。反撃するにも距離がダメだった、下手に剣を振れば隙が生まれ、振った剣が当たるとも限らない……真剣勝負の経験値では、大英雄であるベルグエルには足元にも及ばない。間合いの主導権に手を伸ばそうとすれば、手数と力に任せたゴリ押しで吹き飛ばされる……正直、しがみ付いているので精いっぱいだ。


「どうしたどうした! その赤い光は何だ、奇妙なビックリタトゥ―か!? ――笑わせるんじゃねぇよ、勇者ァ!」


 さらに威力は強く鋭く、重みと威厳のある一撃に変貌していく。攻撃方法も変化する、上半身が視界から消えた途端に、かなり低い姿勢からの蹴りを噛ましてきやがった。


(四足獣かよ……荒々しいというより、獣そのもの!)


 一発を防ぎ、二発目を受け……しかし三発目は防ぎきれなかった。勘だけで当ててきてるくせに、確実に急所や逆関節を狙って来てやがる! 鳩尾に突き刺さったキックは、肋骨に猛烈な痛みを残し、引き抜かれた。


「……ガハッ!」

「――らぁっ!」


 横殴りの一撃が放たれる。回避はおろか、防御さえもままならない迅脚が振り放たれる。俺は祭壇の端にいたが、丁度対角線上の端まで蹴り飛ばされた。距離も相当あった、出来る限りの受け身はとった……それでも、俺に来たダメージは半端じゃなかった。


(駄目だ、全然歯が立たない! よく分かんないこの赤い光の力も、聖剣も……まるで使いこなせてない!)


 何がダメなんだ? 何が、何がダメなんだ? 無能な俺にやれることはやった、身体能力も上がった……実力? 経験の差? 技の相性? 赤い光の力で動きを捉える事自体は出来ているんだ、ただ体が追い付いていない! いいや違う、何か根本的に……。――思考の隙間に雪崩れ込んできたのは、かつての仲間の言葉だった。


『――魔力って言うのは、魔法だけじゃなくて――」


 ああ、あれだ。俺は自分に何が足りないのかを理解した。


「どうした? どうした次の英雄!? 俺みたいな老害一人倒せないようじゃあ、あの大魔王は倒せねぇぞ⁉」

「……そうだな」


 聖剣を握り、力を籠める。しかしただ力を籠める訳ではない、体に魔力を、血液に直接魔法を掛け続ける……加速させる魔法を血液の流れに、不可に耐えるための強化魔法を血管に、筋肉の収縮速度を上昇させる魔法。――ありったけの魔法を、自分が考え得る全ての部位や内臓にかけまくった。


「だから、お前には――」


 魔法をかけ続けているうちに、赤い光の正体がなんとなく分かった。これは身体能力だけではなく、かけられた魔法の効果をも大幅に底上げする性質があるらしい。雀に涙、無いよりはマシの魔法共が、大魔法使いにも匹敵する程の効果を有する、一つ一つが絶大な効果を持つ魔法に変貌したのである。――図らずとも、俺は全力のアーサーにも匹敵する肉体を手に入れた。


「――俺の全部を、ぶつけるよ」


 再び、空が割れた。

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