「2-15」無能勇者、己に鞭を打つ

 力強く光るそれは、真っ赤な珊瑚のように思えた。自分の腕、肩、少し脱いで見れば体の至る所に広がっている……水たまりに映る自分の表情にも、赤い筋が写り込んでいる。


 何故、俺は死んでいない?


 握れすらしないはずの聖剣を使い、自滅覚悟でドラゴン共を消し炭にした。俺の両腕ぐらいは黒焦げが何かになってしまっていて、今頃俺は死んでいる……はずなのだ、なのに。


「なんなんだよ、一体……」


 徐々に薄らいでいく赤い筋は、やがて俺の肌の上から光を失い、消えた。傷とかではない、もっとこう……血管が浮かび上がったような高揚感が、自分にはあった気がする。


 俺にはさっぱり、何もかも分からないが、一つだけわかることがあった。


「……助かった」


 ただ、その事実が嬉しかった。イグニスさんも、おまけに自分まで五体満足で生きている。さっきボロボロにされたはずの体も、何故かキレイに元通り……なんだか、順調すぎるぐらい順調だった。


 しかし俺は、俺自身のやるべきことを見失うほど愚かではない。ここまで逃げずに、曲がりなりにもやってきた。……だったら最後まで、勇者でいてやろうじゃないか。


 残り少ない魔力を絞り上げ、俺は気絶したイグニスさんに魔法をかけた。すると彼女の体はよろよろと宙に浮き、瞬きした頃には消えていた。


 彼女には申し訳ないが、俺が最後に泊まった宿に行ってもらった。これから先の戦いに、これ以上彼女を巻き込むべきではない。


 ふらふらと目眩のする体に、鞭を打つ。


「……ベルグエル」


 倒すべき敵、勝てるはずもない相手の名前を、呼んでみた。






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