「2-14」無能勇者、覚悟と異変
激痛が走る。剣を持たない右腕の骨が砕け、筋肉が破れて千切れていく感覚が、生々しい痛みと音と……とにかく、五感全ての不快感を以て顕現している。このままでは、腕を食いちぎられる。そうなれば、俺はドラゴン共に生きたまま貪り喰われるだろう。
「ああ、あああああっ! ぐぅ、ううう、ぬぅうううううあああああああああああっ!」
渾身の力で身をよじり、右腕ごとドラゴンを地面に叩きつける。回転をかけた勢いは伊達ではなく、ドラゴンの顎が緩んだ。剣を拾い、とどめを刺す。……こんなボロボロの腕で、まだ剣を触れる自分に、少しだけ、ほんの少しだけ自尊心を感じた。
「はぁ……はぁ」
すかさずイグニスさんの前に立つ。もう彼女は戦えない、俺も満身創痍……だが、ここで俺が倒れれば、俺も彼女もどちらも死ぬ。――ならば、答えは一つだけだった。
「来いよ、ケダモノ共……」
柄に、触れる。握れない筈の、握ってはいけない筈の聖剣の柄に。この剣の一撃をもってすれば、あの程度のドラゴンの群れなど消し炭にする事ができる。――無論、使用者として認められていない俺の腕も、同じく黒焦げになるだろうが。
――それでもいい。俺は、何故だか清々しい気持ちになってさえいた。俺が此処で死んでも、別に世界の希望が失われるわけではない。むしろ逆だ、俺は次の希望にバトンを渡すのだろう。
彼女に全てを託すことには物凄く罪悪感を感じる。だが、その方が良いに決まってる。実力もあり、強力な魔法も使えて……綺麗で、礼儀正しい。きっと、こういう完璧な人こそが、勇者と呼ばれるべきなのだ。
(俺は、ここで死ぬ)
掲げた聖剣に、光が吸い込まれていく。それは本当に綺麗で仕方なくて、チクショウこの野郎と少しぼやいてみる……あの日からなるべく、言葉遣いには気を付けて来た。でも、今だけは、この今際の時だけは……低俗で、無能で、どうしようもない「ガド」のままで、この剣を振るおうと思った。
「聖剣よ、真の勇者が振るった最強の剣よ。――その一太刀を、此処に!」
出し惜しみも、我が身可愛さゆえの納刀も無い。――ただ一振り、魂を込めた一振りを放った。束ねられた光は熱と成り、天を駆け回るドラゴン共を焼き飛ばす。
否、それだけに留まらない。光はそのまま天を貫き、歪な空を打ち払う! 太陽の光が真っすぐに地上に降り注ぎ、青い空が再び舞い戻る。
(これで、俺はお役目御免だな)
遅れて来るであろう破滅を受け入れ、俺は、そっと……瞼を閉じた。
……。
…………。
………………?
あれ?
「……え?」
恐る恐る目を開けると、何と俺の体は五体満足、しかも傷すらない。――どういうことだと困惑する俺の目に入ってきたのは、優しく、しかし激しく輝く……体中に張り巡らされた木の根のような、自らの赤い光だった。
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