「2-13」無能勇者、藻掻く
「伏せろ、ガド殿!」
俺が膝を折り、背後のイグニスさんがドラゴンを迎撃する。横薙ぎに振るわれた西洋剣は綺麗に喉笛を断ち切り、動きがぐらりと鈍る。
「――ふんっ!」
すかさず後ろ蹴りを放つ。普段のドラゴンなら回避することは造作も無いはずだが、それは力無く地に倒れ、そのままビクビクと体を震わせた。――これで終わりではない。俺は西洋剣を握りしめ、振り返りざまにもう一体に一撃。頭部にクリーンヒットした斬撃は、そのままドラゴンの頭骨を砕き割った。
状況は決していいものではなかった。数では相手が圧倒的に上だし、人間とドラゴンという主族の差がある……しかし、しかしだ。俺が今も五体満足で息をしていられるのは、自分の隣にいる少女のおかげである。
「――『氷牙』ッ!」
放たれる氷の一撃。矢のように形成されたそれは、空を舞うドラゴンの翼や頭を確実に打ち抜く、百発必中の神槍のように思えた。俺はこの類の魔法を知っている……世界の限られた人間にしか使えない上位魔法。マーリンさんが自らの手足のように使っていたモノとは少し劣るが、それでも十分すぎる威力だった。
『――グォオオンッッヅ!!』
「ふっ、はっ、せい!」
迫り来る三匹もなんのその。爪や牙の隙間を掻い潜り、確実に致命傷を与える。短剣や両手剣ならまだ分かるものの、長く重いはずの西洋剣であの立ち回りは神業と云うべき代物であり、見事と言わざるを得ない。
『グォォオオオンンッヅヅヅッ!』
『アンギャアアアアアアアアア!!』
『ガァアアアアアアアッッ!』
しかしこれは、多勢に無勢すぎた。如何に強力な魔法が使えようと、どれほど華麗で強靭な剣技を持っていようが、相手は理性無く襲い掛かって来る猛獣の群れ……仲間を呼び続け、自分達と相手のどちらかが死ぬまで戦い続ける存在だ。数体殺す、では済まない。――俺たちは、確実に体力を消耗していた。
「はぁ、はぁ……」
「ぜぇ、ぜぇ」
俺なんかよりも、イグニスさんの方が辛いに決まっている。魔法を使用する際に消耗する魔力は、強力な代わりに体力を消費する。何故、魔法を主軸に戦う者が、同時に剣や槍などの心得を学ぶのか……少なくともマーリンさんは俺に、『魔力が底を尽きたら、物理攻撃ぐらいしかできる事が無いから』と言っていた。
そしてたった今、イグニスさんの魔力は底をついた。その証拠に、彼女の手から西洋剣がポロリと落ちたのである。
「イグニスさん!」
意識を失った彼女に、容赦無く襲い掛かる野獣共。俺は剣を振り、最初の二体を叩き落とす。しかし、残りの一体には避けられた。
「ぐぁああああああああっっ!」
メリメリと右腕が音を立てる。強靭な顎に噛みつかれた挙句、剣を手放してしまった。押し倒された俺はなす術なく、ドラゴン相手に藻掻いていた。――空には、俺の絶命を待つケダモノ共の群れがあった。
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