「2-7」無能勇者、こんがり肉に頷く

そこは、訪れた事のある町だった。かつては水と緑に溢れた美しい景観は、見る影も無くヘドロと枯れた大地に変貌していた。楽し気に踊っていたはずの妖精たちの代わりに血の気の多いドラゴン。魔法で作られた頑丈な家は、瓦礫の塊と化していた。


 その中心から、助けを求めていたであろう存在が、檻の中に閉じ込められていた。


 年は俺と同じか、それより少し上だろうか? 美しい顔立ちの中に力強さを感じる……白銀の短髪の少女。それを縛っているのは鋼鉄の鎖だった、狭い檻の中にこれでもかというほど堅牢に閉じ込められている。


(ひどい、あの様子だと水すら飲めてなさそうだ)


 一刻も早く助けなければなるまい。しかし、そう簡単ではなさそうである……何しろ檻を中心にして、武装したドラゴンが三体も徘徊していたのだ。もちろん俺にはドラゴンを単独撃破するほどの実力も力も無いし、何より正面突破なんて考えるだけで恐ろしい。


(どうする? 気配を消す魔法、使えるっちゃ使えるけど……ドラゴンの嗅覚なんて誤魔化せるのか?)


 やるとすればあまりにも危険な賭けだった。成功する保証はどこにもない、成功したとしても、囚われているはずの人間がいないことが、ドラゴンにバレてしまえばお終いだ。戦闘になった時、聖剣すらまともに振れない俺は即死するだろう。


 頭を悩ませていると、俺は取り敢えず自分の持ち物を探る事にした。ドラゴンたちから距離を取りながら、とにかく、こっそりと。

 予想通り、中にはいい物なんて一つも入っていない。我ながら無駄のない……食料、金銭、自分の身分を証明するもの、マッチが二箱。この状況を打開できるようなものは、何にも……。


(……いや、待てよ?)


 そういえば、父さんと母さんが持たせてくれた魔法のバッグがあった! この中に何か、凄い物でも入っているのかもしれない。二人の話によると、『必要な時に、必要そうなものが出てくる』という仕組みになっているらしい。

 取り出したカバンに、恐る恐る手を突っ込む。そして、中から出てきたのは――。


「……これは、こんがり肉!?」


 何これ、どういう事? もう一度手を突っ込んでみる……だが、何も無い。この状況は、これで解決できるとでもいうのか? いやいや、こんなみんな大好きな食べ物如きで、あのドラゴンたちを潜り抜ける事ができると思うか普通。


 せめて、あいつらがどこか遠くに行ってくれればなぁ。――心の中で突いた溜息は、じわりじわりと俺の中で変化していった。


(……! そうか、分かったぞ!)


 俺は、心の中で両親に感謝した。取り出されたこんがり肉に一人頷きながら、俺は檻の中の少女を見据え、必ず助けると誓ったのだった。


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