「2-6」無能勇者、疾走する
「……」
あれからどれぐらいの時間が経っただろうか。
空は相変わらず暗く広がっていて、太陽が出ているのに歪んだ明るさが地面を照らしている……どんよりとした心情を現したような、まるで自分自身の心の中にいるような気持ちだ。
「……っ」
掌が痛む。聖剣の熱に焼かれた皮膚が、ザラザラとした痛みを訴えている。ルファースさんの赦しがあって、一時的に所有権が認められて尚あれなら、アーサーはあんな痛みに、毎回耐えていたのか? いいや、そんなはずはない……そんな事が、あってほしくない。
これからどうしようか、無気力な脳内はただそれだけを考えていた。
相手はレベル違いの化け物だった、徒手空拳や付け焼刃の剣術などで叶う相手ではない……頼れる仲間は故郷で石像と化しているし。第一、相手があの『竜刻のベルグエル』だと聞けば、よっぽどの馬鹿でない限りは協力してくれないだろう。――頼みの聖剣も、同じ聖剣に相殺されてしまった。
(それに俺は、あの剣をまともに振ることすらできない)
恐らく、ルファースさんはあくまで『抜刀』を認めただけであり、『使用』を認める程の力……いいや権限が無かったのだろう。やはり、この聖剣をまともに使えるようになるには、妖精王アベロンの許しが必要だ。元々俺はそのために此処に来た、だが、まさかベルグエルほどの男に先を越されていたとは……。
(でもそれは、新しい魔王にも聖剣が効くってこと……だよな?)
不幸中の幸いと受け取っておこうと思った。なんにせよ、これから旅を続けるのであれば聖剣の常時使用は絶対条件である。並大抵の武器でベルグエルが、それすらも従える魔王に勝てる訳が無い。
……っていうかさ。
(なんで、ベルグエルみたいな大英雄が、魔王なんかに従ったんだろう)
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。
単純にベルグエルより強い、死にたくなければ従わなければいけなかった。いや、単純にそうかもしれないが、俺にはとてもそうには思えない。だってベルグエルは、アーサーに匹敵するかそれ以上の英雄だ、認めるしかない。そんな勇者レベルの実力を持つ男が、簡単に負けるか? 負けたとしても、そんな屈辱を進んで選ぶだろうか? ――あるいは、もしや――。
(……あれ、なんか聞こえるな)
何だろう、この声。耳を澄ます、研ぎ澄ます……幸いにも、俺はとても耳がいいらしい。アーサー達と旅をしていた頃も、相手の奇襲などを察知し、伝えるのが俺の、唯一の仕事だった。――研ぎ澄まされた鼓膜に伝わってくる振動は、人の声……しかも、女性の声だった。
(助けを、求めてる!?)
考えるよりも先に体が動く。焼け付く前に聖剣を鞘に仕舞い、俺は声のする方へと走り出す。ルファースさんも、この国の妖精たちも救わなければいけない……だが、助けを求める声が聞こえてきて、それを無視して、見捨てて助けるなんて、そんなの勇者じゃない。
(アーサー、俺……無能だけど、ちゃんと勇者やれてるかな)
祈るように、他人の輝かしい道を下手糞になぞりながらも、俺は着実に前に進んでいる気がした。
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