「2-4」無能勇者、聖剣を抜刀する

 山を越え、谷を越え、深い霧の中を掻い潜り……そこには天国だったはずの国があった。

 状況は想像を絶する程には凄惨な有様になっていた。咲き誇っていたはずの花々はヘドロに代わり、黒ずんだ紫色の川に流れ込んでいる……だがこれはまだマシなように思えた。俺が心底違和感と恐怖を覚えたのは、地上ではなくその空にあったのだ。


「……紫色の、暗い空」


 明るいはずなのに、暗闇の中にいるような空の色。太陽の光も歪んで地上に降り注ぎ、暗い場所と明るい場所が存在している……常識が常識ではない、そう思わせられるほどには、自然の摂理や法則などが歪められていた。


 これが、あの美しき妖精国ブルテンなのだろうか。俺は間違えて地獄に来たのではないのか? ――いいや、ここはブルテンだ……それを示す石碑が、俺たち勇者がやってきたことを記念する石碑が、視界に入った。


『勇者アーサーとその仲間たちに、永遠の感謝を』


 いいや、正確には石碑の『残骸』だった。根元からへし折れた石碑は、程よい大きさに砕け散り……ヘドロに塗れている。自然に折れたようには思えない、まるで、殴り折ったかのような拳の痕があった。


(これをやったのは、間違いなくベルグエルだ)


 何となくわかる。違うとは思えない……ただ、謎に確信を持った俺の勘が告げている。――まだ、近くにいると。


「ルファースさん、もしかしたらこの近くにあいつがいるかもしれません。危ないから俺の傍に―――」

「だってよ、ルファースさーん?」


 ――気が付けば、俺はヘドロの中に沈んでいた。意識を取り戻すのは三秒ぐらいかかっただろうか? 俺は、自分の顔面に拳を入れられたことを自覚した。


「……おまえは」

「俺か? 俺はベルグエル! 世界最強、邪竜殺しの大英雄様だ!」


 一瞬にして背筋が凍り付いた。これが、大英雄! 背中に背負う聖剣すらも玩具に見える……違う、何もかもが違う! 人間として、ではない。そもそも生物としての身体構造ではない!


(そんな事より、ルファースさんが捕まった! どうする、煙幕の魔法でも使うか? ……馬鹿野郎! そんな子供だまし、父さんにだって通じてなかったじゃないか!)

「……んん? お前のその背中。……――なぁるほどな! お前が、替え玉か!!」


 死が、死を呼び寄せる拳が再び顔面へと迫り来る。ああ、今度は死ぬ。確実に死ぬ。俺は、背中の聖剣の柄に手を添えた……抜けるはずもない、そんな事は、分かっていた。


「――此度の例外を赦す! 聖剣の担い手は、この一時のみ汝である!」


 ルファースさんの声と同時。軽く、思っていた何倍よりも軽い聖剣の刀身が引き抜かれ、辺り一帯の暗さを打ち払うほどの光と共に放たれた。

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