「2-3」無能勇者、妖精の国へ向かう

『竜刻のベルグエル』。それは、誰もが一度は聞いたことのある大英雄の名だった。


 魔王ゴルゴーンが現れるより遥か昔、アルトと呼ばれる邪竜が世界を脅かしていた……並み居る屈強な戦士を皆殺しにし、他の災害の様な魔物を、赤子の手を捻るかのように殺しまわっていたのだ。

 無論、邪竜アルトの脅威はゴルゴーンに匹敵する。だがしかし、それすらも殺して見せた化け物であり、かつての人類の希望と成った存在こそが、狂戦士ベルグエルなのだ。――そんな存在が、勇者としての俺の道、贖罪の術を塞いでいるのである。


「……本当に、その男はベルグエルなんでしょうか? 仮に彼だとしても、あなたがた妖精の力なら追い払う事は容易いのでは?」


 突き放すような言い方。勇者のくせに、「関わりたくない」という感情がダイレクトに言葉に乗ってしまった。ルファースさんは苦い顔をした。


「……仮にも、私たち妖精の祝福を受けた者を、妖精の手では殺せません。如何に絶大な魔力を持つ我らであれど、手が出せなければ降伏の手段を取るしかないのです」

「……!」


 語られていなかった真実が、絞り出されるように告げられた。それなら、大体の納得はいく。妖精の祝福を受けたという事は、それはつまり聖剣を授かった……勇者だと認められたことに等しいのである。


 思考するだけで倒れそうになった。相手は想像以上の実力の持ち主だった……勝てる訳が無い、俺が。無能で役立たずが、勇者と同等かそれ以上の存在に勝てる訳が無い。


「お願いします、ガド殿。いいえ、勇者ガド殿! あなたしか、我らがブルテンを救える存在はいません! このままでは我らは、彼の率いる悪逆無道の連中に全てを奪われる! どうか、どうかお救いください!」

「っ――……」


 断ろう。何なら逃げてしまいたい。勇者だという事も、背負っている剣が聖剣だという事も、全ての責任から全力で目を背けていた。いやだ、死ぬ! ベルグエルにも、彼すら従えてしまう魔王になんて勝てる訳が無い! 贖罪の手段は他にもある、それに、それに……。


『背負うか背負わないかは、お前次第だ』



「……まかせて、くださいよ」

「勇者様……?」


 そうだ、何を言っているんだ俺は。俺は、託されたじゃないか……勇者を、彼が負うべきだった世界の命運を。何より俺は選んだ、安寧か地獄か……選んだのは、地獄だったじゃないか!


「俺みたいな、無能な勇者で良いのなら。――いくらでも、貴方の国の命運を背負わせていただきます」


 かくして、俺の勇者としての、はじめての大仕事が決まった。――元勇者サマを、ぶっ飛ばすこと! 無謀とも、自殺行為ともとれる決断を下した俺は、混沌の渦中にいる妖精国ブルテンへと向かった。

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