第一章──妖精の国編──
「2-1」無能勇者、天誅を下す
両親、村の皆に別れを告げた後に、俺の旅は始まった。支給された所持金、最低限の装備……それから、俺の無能を戒める聖剣を背負いながら。
しかし、俺は聖剣以外にももう一本剣を持ってきている。こちらは何の変哲もない安物の剣、聖剣に比べればおもちゃのように見えてしまうこの剣を、俺が腰に差しているのには理由があった。
(俺には、アーサーみたいな資格が無い)
そう、俺は選び抜かれた勇者でも、屈強な戦士でも、超常を弄ぶ魔法使いでもない。ただの一般人、無能、数合わせに過ぎない存在……そんな男では、聖剣を鞘から抜くことすら敵わないのである。
安物と言ってしまったが、この剣は、実質丸腰に近い俺を憐れみ、王が近衛兵の剣を与えてくださったのだ。並の剣よりは丈夫だし、何よりこんなに高い剣を自分が持てている時点で異常である。
(アーサー、俺……お前の代わりになんか、なれるのかな)
陰気で、卑屈で、どうしようもないぐらいに暗い。その度に、「アーサーだったらこうだった」、「アーサーだったらこうした」などという無い物ねだりが渦を巻く。泣いても喚いても、かつての仲間は石像と成り果てた。――何のための旅なんだ、これは、お前の贖罪の旅だろうが――!
「俺は、俺は……」
「なぁにブツブツ言ってやがるんだテメェはよォ!?」
ビクゥ! 肩が震える。俺に言ったのか? そんなに俺の独り言は五月蠅く、耳障りだっただろうか? いやでも、それにしてはかなり強い言い方だなぁ……。おどおどとしていたのは、目の前の光景を認識するまでだった。
「やめて……やめて! それは、とっても大切な物なの!」
――思考が、まるでスイッチを入れるかのように切り替わる。女性の声、しかも甲高い……助けを求めている! でも、人数ではあっちの方が上。しかもでかい! 女性一人に対して二人、二対一。そんなの、そんなの……許せない!
「――っ! やめろぉ!」
腰の剣を抜き払い、俺は雄叫びを上げながら走った。男のうち一人が俺の方に気付くが、既に剣は振り下ろされ、分厚い胸板をざっくりと切り伏せた。
「がっ――は」
「兄貴! ……てめぇ!」
横薙ぎの乱暴な剛腕。当たれば骨に響くような一撃、しかしその分とてものろまな一撃でもある。的確に攻撃を見切った俺は、回避の直後に強烈なアッパーカットを叩き込んでやった。
「――」
どさりと倒れる巨漢の男。勝利に酔っている暇も無く、俺は出血し続ける男に回復の魔法をかけた。殺すことは造作も無さそうだが、それでも殺生は違う気がした。
「そいつを連れて、とっとと失せろ!」
「へっ、へい!」
弟、だろうか。少し小柄な方の男が、血が止まった兄らしき男を担いで、一目散に逃げていく……あの様子だと、少なくとも数日は悪さをしないだろう。
内心、ホッとしている自分がいた。勇者らしく衝動に任せて人を助けてしまったが、もしも相手がとても強かったら……不意打ちをする前に迎撃されていたら。と、過ぎ去ったはずの不安の種が、どうしても気になった。
だが、それよりも。なによりも優先すべき、確認するべきことが、仮にも勇者である俺には存在する。
振り返ると、そこには安堵した表情の、大きな卵を抱えた女性が腰を抜かしていた。
「だ、大丈夫……ですか? 怪我とか、無いですよね?」
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