第9話 酔狂殿下の何たるか

「決まっておろう。移動が面倒だからだ。」


 うーん、本当に期待を裏切られないか心配になってきた。確かにダンジョン内は多層構造で、各階はスロープでつながっているから自転車があれば移動は楽だろう。この構造は小惑星に付着していた原子生物がそのまま拡大して生まれている、彼らの巣だ。

 だが、彼らの栄養吸収器官でもあるモンスターたちが徒歩で移動することから、我々探索者も徒歩での移動がセオリーである。というか、偶発戦がセオリーになるダンジョンにおいて、あまりに速い移動は危険性があるのだ。周囲を囲まれてしまうといった状況により陥りやすくなるためである。

 しかし、まぁお姉様がそう仰った以上、それを止めさせて頂くのはあまりに失礼と言うものだ。この方は現人神あらひとがみの末裔なのだから。


「承知致しました……くれぐれもお気をつけて。先行します。」


 僕はそれだけ告げさせて頂いて、左に長柄の戦斧を、右にトマホークを握って疾走する。

 お姉様は国の要人であり、命の危険を負いかねない状況下に置くことは何より僕自身が良しとはしない。戦われることを許可させて頂けるのは、お姉様より格下の敵か、或いは危なくなったら僕が即座に始末できる敵に限られる。


 ダンジョン内の仄かに明るい洞窟を駆け抜けていくと、前方にゴブリン、即ち小型人型モンスターの群れが現れた。どうやら戦闘中らしく、人間の声も微かに聞こえて来る。

 本来であれば状況確認の後、戦闘中の探索者に加勢すべきか否かを尋ね、否と返ってこなければ戦闘開始である。だが、現在僕が最優先するべきはお姉様の安全であり、飛び道具を使うこともあるゴブリンは早急に始末せねばならない。


「あぁ、待ち給え瑠々。ここは私の初舞台にさせてはくれまいか。」


 と、お姉様は自転車をお漕ぎになって並ばれて仰る。

 そのみ眼に確固たるご自信のお宿りになられているのを拝見した以上、僕がこれ以上口出しすることも無いと思い、頷いてお姉様の後ろに付かせて頂く。


「さーて……これがやりたかったのだよ。」


 そう仰られると、お姉様はお背中に×の字にお掛けになった2本の短槍のうち右手で1本をお取りになり、そうされるや否や槍をお持ちになったお手だけで自転車を操舵され、左手で自転車の籠に入った缶をお取りになり――


「んく…んく…んく…っぷは~! やはりこれに限る!」


 ……ノンアルコールビール。僕は、お姉様が入院中の同期にどのように形容されていたかを思い出した。

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