第7話 計画的土下座

 そういえば、何を平然と名前呼びされているのだろう。こちらはお姉様とお呼びするのに相当な覚悟が必要だったのだが。……いけない、柄にもなく照れてしまう。女の子に名前呼びされるなんていつぶりのことだろうか。ちなみにだが、の部分に疑念を抱いた人間は窓を開けると良い。トマホークがお届けされることだろう。

 そんなこんなで若干照れつつもダンジョンへ歩みを進めていれば、検問所へとやってきた。


「お姉様は、ダンジョンは初めてであられますよね?」

「うむ。諸手続きについては一切していない。」


 ダンジョンに入るにはいくつかのステップが必要だ。まずはダンジョン法に定められる探索資格を有するか否かの確認。続いて体力テスト、それに伴うランク付け、そして免責同意書への署名などである。

 のだが、もちろんそんなことをお姉様にやって頂くわけにはいかない。騒ぎになられては色々と面倒なのだ。ただでさえ見た目で目を引くのに、名前まで出せばどう足掻いても免職は免れない。


「伝手があるので、そいつに頼みましょう。」


 僕がそう提案すれば、お姉様は控えめに頷いて済ませる。ヘルメットを被っていても気品の衰えないお方だ、と感慨深げに思っていれば、お姉様が僕の腰の後ろ側にあるエプロンを留める大きな白いリボンに右手を添える。

 僕より15cm少々体躯は大きいとはいえ、これでもまだ16歳、それもいわゆる箱入り娘であらせられるのだ。こうも周囲の奇特の目に晒されるのはあまり心地いいものではないのだろう。

 正直一日中振り回されていたので茶化してし返させて頂きたいという感情もあったが、ここは庇護欲の方が下劣な感情を押し殺してくれた。お付きの者としての矜持もあったのかもしれない。




「という訳で、許可証偽造してくれないか?」

「どういう訳ですか?!」


 僕はかつての部下、柊木くのき小夜さやに、公然と汚職を依頼した。


「殿下のご命令だ。その免罪符さえあれば処罰は僕だけで抑えられる。脅されたとか適当な理由を付けて逃げてもらって構わないから、ここは頼む。」


 そう言って、僕は公衆の面前で丁寧に土下座をかました。周囲のざわめきがこの瞬間は僕のステータスになる。


「あわわわ! 分かりましたから! やりますからぁ!」


 柊木はこういう奇異の視線に弱いことは認知しているのだ。最初からこうするつもりだったのは内緒である。


「それで、殿下の偽名はどうします?」


 お姉様が今後も活動するなら偽名が必要だ。

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