【六十五.かいちゃんのいのち】
「わかりますかー」
救急隊員のひとが覗き込む。けれどわたしはおでこを強く打ってしまっていて、瞬きのひとつも出来ない。
でも、音は聞こえる。救急車の音。パトカーの音。救急隊員の声。事情聴取する警察官の声。銀の高級クーペを運転していたおばさんのすすり泣く弱々しい声。
どくん、どくんと鳴る自分の心臓の音。
それから……破水したわたしのお腹から、血といっしょにかいちゃんのいのちが流れ出す音が。
よく聞こえた。
……
今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
「ん──」
わたしは白くて清潔なベッドの上で目を覚ます。ここはどこだろう……かいちゃん。ここどこかわかる?
「……」
かいちゃん? かいちゃん? 返事して? ねえ……
……どこ? あれ。かいちゃん? どこいるの?
そう思って体を動かそうとしたそのしゅんかん。
「あっ! いたたたたた……」
下腹部から湧き上がる、炎が燃え広がるような凄まじい痛みに、身体をよじって悶絶する。
「いたい、いたいいたいいたいいたい!」
手をふりまわして悶えた。
なによこれぇ? 手首に違和感があって、見ると何本も管が刺さって、テープで止められている。もしかして、ここ……病院? わたし、なんで病院なんかに……
『あっはははははは! ねえみんな、聞いて! しんじゃったよ、みんな、しんじゃったよ!』
『ききーっ。どん』
……そうだ、わたし、くるまに轢かれたんだ。でもなんで? なんでわたし生きて……
そういえば、どうしてこんなにお腹が痛いの?
どうしてかいちゃんは返事をしてくれないの?
どうして……
そう思いながら、痛くてさすったお腹は……空気が抜けた風船のようにしぼんでしまっている。
「かいちゃん? かいちゃん! ねえ、かいちゃんっ! かいちゃんどこっ? ねえ!」
わたしがパニックを起こして騒いでいると、お医者さんが病室に入ってきた。女のひとだ。赤い縁のメガネが良く似合う。
「ご気分はいかがですか」
「あ、あの、あの! わたしの、わたしのかいちゃんはどこですかっ?」
「かいちゃん? ……もう名前を付けられていたんですね」
「? そうですけど……あの、わたしの! お腹の……!」
半泣きで聞くわたしに、お医者さんはメガネをくいとあげて、そして告げた。抑揚のない声で。
「申し訳ありません。あなたは交通事故に遭い、全身を強く打ちました。お腹の赤ちゃんは……助けてあげることができませんでした」
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