【六十六.カウンセリング・七】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。

 全てが明るいこの部屋で、わたしは薄ぼんやりと下を見てぼーっとしている。


「なにが、見えますか」


 赤い縁のメガネが良く似合う、カウンセラーの先生が、いつものように聞く。


「真っ赤な血」


 かたかたかたかた。

 先生のブラインドタッチの音。

 わたし、真っ暗。目の前も。希望も。何もかも。

 何もかもをも失って。


「誰のって? わたしの。……ううん、かいちゃんの。破水して、わたしのお腹から流れ出した……かいちゃんの、いのちそのもの」


 かたかたかたかた。

 今日はキーボードの音が妙に耳につく。


「それ以外? ……なにも。なにも見えない。真っ暗。真っ暗だわ」

「よく周りを見てみてください。本当に、真っ暗ですか」

「……お月様。夜のお空にたくさん並んで……」

「お月様……たくさんですか?」

「たくさん……ううん、違った。あれは……街灯? 街灯だわ」


 かたかたかたかた。


「たくさん並んで……光の道みたいになってる。あ、赤い光も見える。人の形の……信号だわ。赤信号」

「何か聞こえますか」

「……救急車のサイレン。だんだん近づいてくる。あと……」


 かたかたかたかた。


「何でしょう」

「心臓の音と……何かが流れ出る音」

「何が……流れ出ているんでしょう」

「血……ううん、かいちゃん。わたしの、わたしのかいちゃんのいのちが、消えていく音……」


 かたかたかたかた。たんっ。

 カウンセラーさんは、キーボードから手を離した。

 そして、哀れみを含んだような目で、わたしを見た。

 

「どんな、気分ですか」

「それ、聞いてどうすんの?」


 ハッ。わたしは短く強く息を吐いた。唾を吐くみたいに。


「かいちゃんが居なくなった後のことなんて、考えたことないんだから。……もう、なんにも、残ってない。私がこの世にいる意味も、今日を生きる気力も。なにも。なにもない」


 でも、カウンセラーの先生は、こちらを見て、柔らかく微笑んだ。


「でも、今。荒浜さんはここにいてくださいますよね……?」


 虚をつかれたわたしは、いっしゅん、思考が止まった。

 何秒かしたあと、口を開いた。


「……そうね。あの日。あの時。見つけたの。わたしの最後の希望」


 思い出す。小さな背中。柔らかい声。ピンクのレジンのボール。

 溢れた涙が……頬を伝った。


「……小さな。ほんとうに小さな、希望だった」

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