【六十四.夜】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?


「きゃはははは! ざまーみろー! あっはははははは!」


 わたしは、夜のニュータウンをひとりはしゃぎながら走ってた。

 みんな死んだ。邪魔するひとはみんな死んだ。お父さんもお母さんもおばさんも森田りく君も……かいちゃんも……

 え?

 かいちゃん?

 死んじゃったっけ?

 かいちゃん死んじゃったっけ?

 ああ、ちがった、ここにいた、お腹の中に!

 だから大丈夫、わたし、大丈夫!

 かいちゃんだけはそばにいてくれる。わたし、だから、大丈夫!


「あっはははははは! ねえみんな、聞いて! しんじゃったよ、みんな、しんじゃったよ!」


 八王子のニュータウン、南大沢。

 夜の分譲マンション郡の街はみな寝静まって、ひともまばらだ。道も歩道と車道はガードレールで分断されてるから、くるまも安心して景気よく飛ばしている。


 たとえば、歩行者用の信号が赤で。

 たとえば、信号の色すら忘れてはしゃいでいる妊婦がいて。

 たとえば、そこをその妊婦が渡っていたとしても。


 止まるには何十メートルも必要なくらいのスピードで、飛ばしてたりする。


 ききーっ。どん。

 輪っかが四つ重なった気高いエンブレムを持つ、四輪駆動の銀の高級クーペに跳ねられて、わたしは宙を舞った。


 ……


 わたしはコマみたいに、空を舞った。頭が物凄い勢いで冴えて、今までの人生がコマ送りに再生される。……これって、走馬灯ってやつ? 世界も同じに、ゆっくりになる。

 あら、きれい。見て? お月様がミラーボールみたいだよ。わたしの頭の上でくるくる回ってる。くるくる。くるくる。わたしのひしゃげた身体も回る。くるくる。くるくる。

 ……あっ。ねえ。大切なおとうとが。かいちゃんのいのちが。わたしの中で消えていく。待って。行かないで。わたしをひとりにしないで。かいちゃん、かいちゃん。ねえ、かいちゃん……お姉ちゃん。お姉ちゃんね。あなたが、あなたが大好きだった。大好きだったの。ただ、それだけだったの。

 くるくる。くるくる。地面が近づく。終わりが近づく。わたしの、終わりが。かいちゃんの、終わりが。


 ぐしゃっ。

 そしてわたしは、二十メートル先のアスファルトの上に、お腹をクッションにして、堕ちた。大事な大事なお腹を、下敷きにして。


 お腹のかいちゃんが潰れる音が。

 ……耳に遺って、離れない。

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