【六十三.小山内裏公園・五】

 しゃわしゃわセミが鳴いている。だからたぶん夏なんだろうと思う。ちゃぽん。コイも元気に跳ねている。すいすい。カモも気持ち良さそうに泳いでる。

 でも……わたしはわからない。今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 真夏の日差しがさんさんと差す、小山内裏公園の池のほとり。ベンチに座る、わたしと白鷺みそらさん。


「……先輩? 荒浜先輩? 聞いてます?」

「え、あ、なんだっけ」


 わたしはお腹をさすっている。こうしていると、聞こえるの。愛しい愛しいおとうとの声が聞こえるの。


「……かいりの声、聞こえるんですか」

「……うん! お姉ちゃん大好きだって! かいちゃんも早く会いたいみたい」

「かいりが、そう言ってるんですか」

「うん! みてみて! わたしのかいちゃん。もうこんなに大きくなったのー!」


 そういって、わたしは笑顔で濃紺のブレザーとシャツをたくしあげた。ぱんぱんに張ったお腹を、白鷺みそらさんに自慢げに見せてみる。

 何人かひとが歩いているけれど、誰もこちらを見ない。白鷺みそらさんも、何も言わない。


「いつから、妊娠してますか」

「んー、最後にせーりが来たのが去年のクリスマスごろだから……ふんふん……んーと」


 わたしは指をひとつづつ立てながら、ちっちゃな声で数える。


「……うん、三十二週くらいかな? だからー……九月末くらいだね! 予定日!」


 よいしょっと。わたしは立ち上がって、大きなお腹を制服に仕舞いながら、笑顔で答える。

 白鷺みそらさんは、わたしをじいっと、赤いメガネの奥で見ている。


「荒浜先輩」

「んー?」


 わたしはスカートの位置を直すのに夢中で、気づいてなかった。


「今、いつだと思ってます?」

「いつって?」

「今日が何月何日か、答えられますか?」

「へ……?」


 ざっ……


 ……


 ふと、とある映像が唐突に目に浮かぶ。

 暗い。真っ暗だ。何も見えない。

 あ、お月様。お月様がたくさん並んでる。……いや、違う。街灯だ。街灯が光ってるってことは……今は夜ってことかな。

 赤い光が、人の形に光ってる。信号だ。どこか、横断歩道の真ん中みたいだ。景色が横倒しになっている。……そこに伸びているのは……手だ。倒れているのか白い手が、力無く落ちて、動かない。

 これは……この手は……この記憶は、わたしのものだろうか。


 ……


「先輩。私が聞くのは、これが最後です」


 白鷺みそらさんはわたしの目をまっすぐ、見た。


「今、何月何日ですか」

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