【五十八.お母さん・四】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 わいわいがやがや。ひとが行き来してる。ここはどこ?

 ぴんぽーん。残高不足です。改札の音?

 ……そっか、わたし今、どこかの駅に居るんだ。吐き気と目眩がして、ベンチに座ったんだ。でも、どうしてここにいるんだっけ……


 とんとん。

 ん? どなた?


「お母さんのとこ、いくんでしょ、お姉ちゃん」


 そうだ、ありがとうかいちゃん。やっぱり頼るべきはおとうとねえ。頼りになるね。さすがわたしのおとうと。お姉ちゃんは嬉しいよ。ついでにさ、ここがどこか、教えてよ。

 ……。

 ……だめか。


「まもなく、四番線に、京葉線直通、海浜幕張行きが参ります」

「おまたせいたしました、西国分寺、西国分寺です。中央線はお乗り換えです」


 西国分寺……?

 そか、お母さんの入院している病院に行くんだった。

 あの病院……えーと……あれ、なんだっけ……何病院だっけ……えーと、えーと……

 あれ……思い出せない。なんて名前だっけ。どんな見た目だっけ。どうやって行くんだっけ。


 ……


 西国分寺の四番線ホーム。中央線との乗り換え客がすごくたくさんいて、行ったり来たり。そのベンチに、もう誰が見てもお腹が大きい、学生服を着たわたしが、座っている。大きなお腹をさすりながらひとりで話したり、けらけら笑ったり。

 家路を急ぐサラリーマン。学生。同い年くらいの女子高生。みんな好奇の目で、わたしを見てくる。でももう、ここがどこで、どうしてここにいるのか、じぶんが誰なのか。なにも分からなくなっていたわたしには、なにも。なにひとつとして響かなかった。

 そんな時。


「なぎさ?」


 聞き覚えのある声に目を上げると、お母さんが立っていた。


「あんた、なぎさなの?」

「お母さん? どうして? 病院は?」


 わたしはぼんやり聞いた。


「病院? 何のこと?」

「病院は病院だよ……入院、してたでしょ……ほら、あの、なんとか病院に……」


 お母さんは、わたしの要領を得ない質問に、ただ困惑しているみたいだ。


「私が? ……入院なんてしてないわよ……そんなことより……」


 お母さんの視線がおりる。娘の異変に気がついた。


「そのお腹……まさかあんた……」

「ああ、これ?」


 わたしは満面の笑みを作って、歯を見せた。


「聞いて、お母さん。かいちゃんがね、帰ってきてくれたの。……ほら、みて?」


 制服のシャツをがばっとたくしあげる。お腹は大きく出ていて、おへそもでちゃってる。

 ホームを歩いているひとが、ぎょっとした視線を送ってくる。


「かいちゃん。私の中に……いるの……ねえ。かいちゃんが……」


 そういうとわたしは、服をめくったまま、気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る