【五十九.お父さん】

「妊娠されています。二十八週ですね。体重は……千二百グラム。……男の子ですねえ」

「え、それじゃあ、もう……あの……」

「堕胎ですか? ……堕ろせる週数は超えてしまっております。産むしかありませんね」

「そんな……」


 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 お母さんと赤いメガネが素敵な女医さんと、話している。


 ……そんな、って、なに?

 なんでそんなにがっかりするの?

 わたしのかいちゃんだよ?

 嬉しくないの? ……残念だなあ。

 わたしはぼうっと、そんなことを考えていた。


 ……


 そのままタクシーに乗って、かいちゃんの家に帰った。


「二千六百円です。……ありがとうございます」


 かいちゃん家の入る、四部屋しかない小さなアパート。一階の二号室がかいちゃんの家。

 ばたんっ。

 ドアを閉めるなり、お母さんは責めるように聞いてきた。


「相手は?」

「相手、って?」


 わたしは、焦点の合ってない目でぼんやり聞き返す。


「決まってるでしょ。そのお腹の子のお父さんよ」

「お父さん、だよ?」

「……え?」


 お母さんの顔から、怒りの表情が消えた。


「お父さん。だってかいちゃんのお父さんは、お父さんでしょ」


 どんどん顔色が悪くなって、もう真っ青。


「真面目に答えて。そのお腹の子は、誰の子なの?」

「あははは。何怒ってんの? お父さんだってば」


 わたしは、可笑しくて可笑しくてしかたない。


「ふざけないで、そんなわけないでしょ」

「ううん。お母さん。わたしふざけてなんか、ない。かいちゃんのお父さんは荒浜としひこ。わたしの、お父さん」

「じゃあ、なに? 、自分の父親と、ヤってたっていうのっ?」


 お母さんはムキになってわたしを責める。けれど、もう現実と妄想がごっちゃになったわたしは、正常に答えられなくなっていた。


「だってお母さん、何度もわたしに言ってたじゃん。ゆきひこ叔父さんと裸んぼでシてる時。わたしみたいな要らない子は、こうやって奪い取るんだって。……何その顔? あっはははは、おっかしー」


 ……そこのあなた。あなたにも見せてあげたいなあ。

 お母さんの信じられないっていう、変な顔。

 あっははは。可笑しいったらないよ。


「わたし、言われた通りにしただけなんですけど?」


 お母さんは真っ青な顔で、口を押さえながらあとずさる。


「ね? お母さんっ」


 そのまま、台所に背中をぶつけた。

 がちゃん。

 ピンクのくまの柄のお皿がいちまい、割れた。

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