【五十七.居場所】
今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?
おとうとのかいちゃんも、身体を重ねて精神を安定させていた森田りく君も、どちらも失ったわたしの心は、ますます不安定になった。現実からの乖離も酷くなっていった。
……
「りっくん」という名の妄想の彼氏が出来た。ちょうど読んでた青春もののウェブ小説で、主人公が窓際に座るヒロインに告白しているシーンがあった。だから、現実の記憶とフィクションがごっちゃになってしまった。帰りのバスの中でも、ハンバーガー屋さんでも、ひとりでぶつぶつ話していた。
……
六月八日。命日だと勘違いしていたあの日。つわりが酷かった。トイレでげえげえ吐くわたしのことを、心配したおばさんと喧嘩になった。そのまま家を飛び出して、視界の端にかいちゃんを見かけて、走って、小平まで行ったりもした。
もはや家はわたしにとって、ただ寝に帰るだけの場所になっていた。
……
飛び降り自殺騒ぎも起こした。
お姉ちゃん、うちもうだめかもしんない。頭の中でかいちゃんのその声が突然よみがえって、無数に乱反射して、頭が割れそうになった。だから日本史の時間、教室のある二階の窓から先生の静止を無視して飛び降りた。頭を打って脳震盪を起こした。多摩南部地域病院に運ばれたけど、大した怪我じゃなくてその日のうちに返された。お腹のかいちゃんは無事みたいだったし、幸い誰にも気付かれなかった。
でも、この前のコンドーム騒動と相まって、好奇の目がいやで、だんだん学校にも行かなくなっていった。
……
バイトは森田りく君が死んだあとも続けてた。一生懸命働けば、二人のことが忘れられるかと思っていた。
けれど、仕事で事務所に入った時。トイレに入った時。何度も何度も川原さんは、わたしのことなんかお構い無しに迫ってくる。正直毎日のように相手にしていて痛くて痛くてしかたない。
二分遅刻したある日。その日はつわりが酷く出た。トイレで吐いてるところを彼に見られた。そのまま、避妊もなしにされた。わたしはこれ以上はお腹のかいちゃんに悪影響がでそうで怖くて、いつもよりうんと必死に暴れた。彼の腕から逃げ出して、事務所から出た半裸のわたしを川原さんは追った。だけど、彼は跳ね飛ばされた。わたしが音を聞いて振り返った時、トラックに跳ねられた川原さんは、反対車線を走っていた別の乗用車に更に轢かれて、ぺしゃんこになっていた。大きな事故だったので、その日のニュースで取り上げられていた。即死だったと、アナウンサーが淡々と説明していた。
わたしもバイトは、その日のうちに辞めた。
……
そうしてわたしは、この世のどこにも。
居場所を無くしてしまった。
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