【五十一.わたしの大切なおとうと】
思った通り。
その日から、かいちゃんはわたしにこころを開いてくれた。
毎晩の電話でも、その声に元気が戻ってくるのを感じられて、わたしはとても嬉しい。
この前は、ハゲた社会の先生のことで、ふたりで大笑いした。
けらけらと、天使みたいな声で、わたしの大切なおとうとは、笑う。
……
わたしは、昼間はふつうの一年生の女子高生。放課後はバイトで買った定期で、小平の中学校に通う。稲田堤で乗り換える時に通るドラッグストアに立ち寄る。学生カバンに入るだけ、「〇.〇三」の箱を買った。森田りく君と、彼の思うがまま吐き出す欲望を全部、体で受け止めた。箱の中身全部使っても終わらない彼の相手は、本当に疲れる。
中学校では、もう噂になっていた。サッカー部のエースが、年上の女子高生と体育倉庫に入っていくのを見た。この前理科室の前を通ったら、女の子の変な声が聞こえてくる……もうわたしの顔も割れてて、中学校でわたしが歩いているとひそひそと女の子のうわさが聞こえるようになった。
かいちゃんにも、あれから何度か見られた。そんな時、森田りく君は、これでもかと裸のわたしをかいちゃんに見せつける。それでも、かいちゃんはわたしの本心を理解してくれているみたいで、何も言わないでいてくれている。本当にいいおとうとだと、心から思う。
……
そのあとはバイト。中学校に行くための定期代のため、仕方なく。でも、ある日、川原さんに首筋のキスマークを見られて、不本意だったけど、応じた。でも、絶対に「〇.〇三」の箱を使った。絶対にわたしの中には入れてあげなかった。まあでもそんな訳で、その日から、森田りく君の他に川原さんの相手もしなければならなくなった。店長やマネージャーの目を盗んで、事務所で。トイレで。お客さんに、呼んでも来ないとクレームまでもらった。
……それでも、大嫌いなお父さんとおばさんのいる家にいるよりマシだった。
……
夜はかいちゃんと電話。
大丈夫だよ、おねえちゃんはかいちゃんの味方だよ。
いつもいつも、毎日そう言い続けた。わたしの言葉はいつもかいちゃんのことを思っている。いつも優しく、いつも正しい。そのはずだ。
その日だって、また週末、会おうね。
そうやって約束までした。
かいちゃんは笑って、うん、っていったはずだった。
そのはずだった。
……
だから、だからわからない。
……
その冬の令和六年。二月八日。木曜日。午前八時三分。わたし、十六歳。かいちゃん、十五歳。
「おねえちゃん……うち……もうだめかもしんない」
わたしの四年使ってるスマホの留守電にそう言い残して。
お昼休みに中学校の四階建ての校舎から飛び降りて。
植え込みの脇のコンクリートに頭から落ちて。
頭蓋骨を砕いて。
死んでしまった、その理由が。
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