【五十.葬送】

 その日の夜は電話が繋がらなかった。わたしは心配になったので、翌日高校を休んで、かいちゃんの家に行った。


 ……


 令和五年六月九日。金曜日。午前九時四十七分。わたし十五歳。かいちゃん十四歳。


「なぎさ!」


 ドアチャイムを鳴らすなり、すぐにお母さんがドアを開けた。


「かいちゃん、どう?」

「それが……朝からずっと、お布団から出ないんだよ。どうしたんだろうね……なぎさ……何か知ってる……?」

「大丈夫だよ、お母さん。かいちゃんは誤解してるだけ。誤解を解きに来たから」


 そういうと、小さなアパートの玄関に入る。小さな小さな下駄箱。私は知ってる。小さい頃あげたあのビニールのサンダル。まだ大事にとってあることを。

 その上には、写真がフレームに入って立ててある。かいちゃんとわたしで、武蔵野線に乗って水族館に行った時のものだ。巨大なマグロの模型と背比べが出来るようになってた。わたし五年生。かいちゃん四年生の頃の写真。この頃にはもう、かいちゃんはスカートを履いていた。

 玄関から一歩進むともう台所だ。洗い物が残ってる。晩ご飯の物だろうか。カレーが手付かずでシンクに皿ごと置かれている。……かいちゃん、食事も喉を通らなかったんだ。

 かいりの部屋。いつものプレートがかかる、四畳半のかいちゃんの部屋のふすまの前に立った。こんこんこん。ふすまを叩いた。


「かいちゃん。聞こえる? おねえちゃん。心配で、来ちゃった」

「おねえちゃんっ? 何しに来たのよ、あっちへいってよ、来ないでよ!」

「かいちゃん。かいちゃんはね、誤解してるんだよ」


 わたしは、なるべく優しい声で、言葉で、おとうとに語りかける。


「なにが誤解だよっ! ひとのもの盗って、奪って、なにが誤解よ!」

「盗ってなんかないよ。あの人はね、かいちゃんに相応しくなかったの。かいちゃんを傷つける、悪い人だったの。だから、これでよかったんだよ」

「なにがよかったのよ、あっちへいってってば!」


 ……


 初めはそう言っていたおとうとも、三時間四十四分説得したら、ふすまを開けてくれた。寝てないのか、くまが出来てしまっている、可愛い可愛いおとうと。抱きしめて、おでこにキスをした。そしてわたしの行為が、どれだけかいちゃんへの愛の上に成り立っているのかを、二時間五分説いた。


「……もういいよ。わかったから……」


 期待した通り、かいちゃんは分かってくれた。その日は胸に顔を埋めて泣くかいちゃんを、五時間四十二分慰めて、晩ご飯をいっしょに食べて、午後九時頃家に帰った。

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