【四十九.命日】

 令和五年六月八日。木曜日。午後四時四十一分。わたし十五歳。かいちゃん十四歳。

 夕方、電気の消えた誰もいない暗い教室で、巡回の先生の目をかいくぐって、彼を受け入れた。いつも通りがっついて、いきなり本番。「〇.〇三」の箱を取る暇も開ける暇もなかった。わたしもだれも居ないと高を括って、思いっきり声を上げた。高校の制服は、いつもすぐ汚されるから、脱いだ。首に、高校のリボンだけつけて。

 彼は、そんなわたしを可愛い、可愛い、なぎさ、好きだ。

 いつもそう言って、わたしを噛む。舐められていないところはないくらい、舐めまわしてくれる。


 わたしは、満たされていた。

 私は今、間違いなくかいちゃんのお姉ちゃんをしている。

 こうして森田りく君に愛される度、わたしの行動に間違いはなかったのだと、深く理解できていた。


 ……その、時だった。


 廊下で女の子の声がした。誰かと話してる。


「待って、誰か来てるっ」

「いいよ、見せつけてやろうぜ」

「だめえっ、待って、まってっ!」


 でも、彼は止めなかった。いつも以上に激しくした。だから思いっきり悲鳴を上げてしまった。


「誰かいるの?」


 その声は、わたしを凍りつかた。どうしてかって?

 だってそれは、愛しい愛しい、おとうとの声だったんだから。


 ……ここは三年E組の、教室。


「うち? うん、クラス替え、E組だったん」


 森田りく君とおとうとは同じクラスだった。

 がらっ。

 机の上のリボンだけのわたしと蒼井かいりが目が合った。


 ……


「いやぁあああ──っ!」


 かいちゃんの絶叫が校舎に響いた。


「違うの、聞いてかいちゃん」


 わたしはこの期に及んでもなお、かいちゃんを守れるのは自分だけだと思ってた。


「いや、いや! 見たくない! 汚い、気持ち悪い、いや、いやだ……」


 そう言って立ち尽くして泣きわめく可愛いおとうとを、全裸のわたしが優しくなでる。


「いいの、これでいいの。これ、ぜんぶかいちゃんのためなんだよ」

「なにがうちのためだよ! おねえちゃんのばかっ! うちから、うちからりくくんを奪い取って! ひどいよっ」


 馬鹿なわたしはそれでも、おとうとの説得が可能だと、そう信じて止まなかった。


「かいちゃん? かいちゃん、聞いて? ……聞いて」


 穏やかに微笑みながら歩み寄る裸のわたしを、かいちゃんは思いっきり突き飛ばして、泣きながら廊下の奥へ走っていった。


 がつん。


 わたしは、教室の机に後頭部をぶつけた。

 いったたた。

 切ったのだろうか、押さえた左手に血が付いている。


「なあ、続き、やろうぜ」


 彼が私の上で腰を振っている間ずっと、左手の血をずっと、ずうっと見ていた。

 何を失ったのか、わたしには、わからない。

 でも今にして思えばこの日。間違いなく。


 蒼井かいりという名の一人の少年は、死んだのであった。

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