【四十六.おとうとの想い人・三】

 四月十六日。日曜日。午前十一時四十二分。わたし、十五歳。かいちゃん、十四歳。

 ピンコン。スマホが鳴る。

 見なくても内容はわかる。ラインの送り主はかいちゃんで、内容は『どこにいるの?』だ。だって、試合が終わるのと同時に、何も言わずにそばを離れたから。でも、返事はしない。お姉ちゃん、ライン見なさすぎ。よくそう言われる。さっきも言われた。わたしはラインが苦手だ。電話の方が、相手の言葉の温度が伝わってきて、話しやすい。おとうとと話す時も、必ず電話にしている。

 けれどわたしには今、やることがある。だから、返事は敢えてしない。わたしはグラウンドを歩いて、校舎に向かった。

 昼前のグラウンドは暖かいを通り越して、蒸し暑い。昨日雨だったせいか、むあむあと水蒸気が地面から立ち上っているように感じる。こんな中、全力でサッカーをしてたかと考えると、選手たちはすごいと思う。毎日毎日、お疲れ様。さぞかしすごい精神力と忍耐力なんだな、と本当にそう思う。きっと、ものすごく高尚な心の持ち主に違いない。でもだからこそ。だからこそ、だ。わたしは確認するのだ。


 体育館に続く渡り廊下に隣接する、サッカー部の部室。さっき試合が終わったあと入っていくのを見ていたから、わかる。わたしは戦いを終えた部員たちの部室のドアを、無断でノックもせず開けた。中学三年生、二年生の男子たちが、ぎょっと、わたしを見る。


「え?」


 着替え途中の部員ばかり。慌ててぱんつを履く子も居た。むあっと、汗と埃のにおいが否応なく鼻をさす。……男の子の、雄の、いいにおい……心と関係なく、胸がどきどきしてくる。

 突然の訪問者に、みな驚いている。でも、わたしはしなくてはならない。おとうとの想い人が、この世でいちばん大切なわたしのおとうとの相手として相応しいかどうか、を。

 キャプテンの子が、すかさず前に出て、わたしの前に立ち塞がる。


「すいません。関係者以外入れません」

「森田りく君、いる?」


 はい? そう言って、まだ息も整ってない森田りく君が、上半身裸で顔を出した。


「ちょっと、聞きたいこと、あるの。時間くれない?」

「あ、はい」


 彼は、またびしょびしょの背番号三番のネイビーのユニフォームを着た。


「なんでしょう?」

「後で言うね。こっち、いらっしゃいな」


 部員たちの好奇の目を他所に、わたしはおとうとの想い人を連れて、部室を出た。


 ピンコン。また、スマホが鳴った。

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