【三十八.小山内裏公園・二】

 七月五日。金曜日。午後一時二十分。わたし、十六歳。

 真夏の小山内裏公園おやまだいりこうえん。コイが騒がしく泳ぐ池のほとりの広場。

 言われた言葉の意味がわからず混乱する、わたしの声がそこに響く。


「どうして、そんなこと言うの?」


 思っていたより大きな声が出て、自分でもびっくりした。白鷺みそらさんは、黙っている。


「おとうとが死んだ日の事だもん、忘れっこないよ。その日の体温だって覚えてる。朝から三十八度五分あって、おばさんに、買い換える前のうちの黄色くて可愛いワゴン……なんだっけ、スペーシア? で連れてってもらった。小児科は夏風邪の子供でいっぱいで、十二組も患者さんがいた」

「嘘ですね」

「嘘じゃないって。ほんとだよ。嘘つく意味ないじゃん」

「あります」


 なんで……そんなふうに言えるのだろう。意味がわからない。それでも彼女は……とてつもなく短く、でもとてつもない確信を持っているかのような言葉を選んで、わたしに刃を向けてくる。


「荒浜先輩は、そうやって都合の悪い記憶には嘘ついて、誤魔化してるんですよ。いつも。どこでも。誰にでも。……かいりにも」

「……え? え?」


 わたしはいよいよ何を言われてるかわからなくなってきた。嘘をついてる? わたしが?


「先輩は、風邪なんてひいていなかった。学校は休んでいた。それは事実。けど風邪なんかじゃない」

「白鷺……みそらさん? あなたは何を言ってるの?」

「先輩は会っていた。自分が関係を持っていた男の子と。高校を休んで」

「ちがう、ちがうよ!」


 わたしは必死で遮ろうと試みた。なぜだか、どうしてだか。とても心臓が速く鳴っていて、破裂しそうだから。


「その時はまだ好きな人なんて、居なかったもんっ!」

「……今はいるんですか?」

「そりゃあいるけど!」

「本当に? 今? 今、本当にいるんですか?」

「いるってばっ! そう言ってんじゃん!」


 だんだんわたしは頭に血が上って、気がついたら大きな声を出していた。それでも、白鷺みそらさんは攻撃の手を休めることは無い。


「りっくんっていうんだよ! 先月くらいから」

「りっくん。……森田りく。そうですね?」

「そうだけど! それがどうしたっていうのっ」


 ついにわたしは立ち上がって叫んだ。


「先輩は会ってたんですよ、その日」


 えっ……わたしの思考は止まった。

 目の前の赤い縁のメガネの後輩は、続けた。それは、わたしには信じられない、言葉だった。


「一年と二十八日前。令和五年の六月八日。森田りくと。ふたりで」


 ぱしゃん。またコイが跳ねた。

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