【二十三.所沢のおじいちゃん家】

 平成二十二年六月二十七日。日曜日。午前十時三十二分。わたし、三歳。かいちゃん、二歳。

 お母さんに連れられて、所沢のおじいちゃん家に来た。駅から離れてるから、お母さんの運転するマイカーに乗って。梅雨の切れ間。灰色の空の下、畑も兼ねた庭のおじいちゃんのくるまの横に付けた。


「おじいちゃーん!」


 わたしはおじいちゃんに飛びついた。


「おお、おお、大きくなったなあ、なぎさちゃん! かいりちゃんも大きくなって!」


 わたし、二ヶ月前に会ったけど? おじいちゃんの「大きくなって」は、いつもの決まり文句だ。六十五を過ぎても、がっしりと大きくて、かっこよくて、わたしはお母さんの次のかいちゃんの次に好きだ。


「ただいま、父さん」


 お母さんは短く挨拶する。おじいちゃんはなぜかそんな素っ気ない娘に、ハグして、ほっぺにちゅうをした。


「やめてよ……こどもみてるから」

「やっと来たか。二ヶ月も待ったんだぞ」


 お母さんとおじいちゃんは仲がいい。よくちゅうしてるのを見るし、お手手もつないでたりしてる。わたしは、なかよしなのはいいこと、幼稚園でせんせいがそう教えてくれた。だから、それをみて、まねしてかいちゃんにちゅうをした。


「やめなさいっ!」


 あれ。お母さんがわたしをかいちゃんから引き離した。


「きょうだいで、そんなこと!」


 おこられた。どうして?


 ……あ。なるほど。「やきもち」ってやつねえ。お母さん、可愛いなあ。


「ほら、メロンきったわよー」


 おばあちゃんが、リビングから顔を出した。


「はーい!」


 やった、メロンだ! わたしは、黄緑色の宝石に釘付けになって、おとうとといっしょに駆け出した。


「わたし、くるまで休んでるわ」


 そういえば、お母さんは、おじいちゃん家に来ると、いつもくるまで休んでる。……つまんなくないのかな。


「おう、風呂、入るわ」


 おじいちゃんがわたしたちの後ろでおばあちゃんに声をかけた。


 ……


「おいしい?」

「ん! おいひー!」


 わたしとおとうとはみずみずしい果肉を思いっきり頬張って、おばあちゃんに答えた。

 あら、かいちゃんったら。お洋服がべたべたじゃない。せっかくの黄色い機関車のシャツにたくさん染みを付けている。お手手もどろどろ。


「て、あらおっか!」


 わたしはまだもぐもぐとメロンを頬張るおとうとの手を引いて、洗面所に向かった。


 ……


「ほら、おててだして? おねえちゃんがあらってあげる!」


 かいちゃんの手を泡のハンドソープで洗ってあげた。よしよし。きれいきれいになった。

 となりのお風呂場にはおじいちゃんが湯船に入っているのか、ちゃぷちゃぷと水の跳ねる音がする。


「メロンまだたべるー」


 おとうとが駆け出した。わたしも後に続こうとした、その時。耳が、違和感を聞き取った。


「……」


 あれ。この声……お母さん? なんで? くるまじゃないの?

 ……なんで、泣いてるの?


 わたしは。


 ゆっくりと、お風呂場の引き戸を開けた。

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