【二十四.着信・一】
令和六年六月十日。月曜日。午前八時二分。わたし、十六歳。
蒸し暑い梅雨の、曇りの日。歩いて校門を過ぎると、グラウンドでサッカーの朝練をしている部員たちが見えた。
「森田くーん!」
サッカー部期待の新人に、女子たちがグラウンドの隅から黄色い声援を送っている。一年生から三年生の先輩たちまで、みんなりっくんにぞっこんだ。
……あのひとたち、わたしがりっくんと付き合ってるって知ったらどう思うんだろう。この前の紗綾みたいに悲鳴をあげるんだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、昇降口に入っていった。
……
一限目は、日本史。退屈な退屈な午前中の座学。わたしは昨日のことを思い出していた。目の前に現れた、小さな頃のかいちゃん。多摩ニュータウンから新小平まで追いかけて見つけたのは、小さな便せん。怖くて一昨日から開けられていなかった。わたしは日本史の無駄に分厚い教科書で隠して、かいちゃんのシンボル、四葉のクローバーのシールをこっそり剥がした。
中には……何も入っていない。……いや、違う。プリクラが一切れだけ、入っていた。写っているのは……りっくんだ。となりに、女の子が写ってる。うちの高校の制服だ。
ずっといっしょ。
その上にひらがなでそう書いてある。けれどその顔は、マジックでぐちゃぐちゃに塗りつぶされていて、誰なのかはわからない。けれど、わたしじゃない。まだふたりでプリクラを撮った記憶は無い。と……その時。
しゃららーん。急にスマホが着信音を鳴らし始めた。あわてて切ろうとして、心臓が止まりそうになる。
「かいちゃん」
スマホの着信画面にはそう表示されていた。
しゃらーん。しゃららーん。
わたしはその画面を見ながら硬直している。その間もずっと、着信音は鳴り続けている。
「荒浜さん」
いつまでも着信を止めない生徒に、日本史の高遠先生が注意する。
「授業中はマナーモードに……」
それでもわたしは、構わず応答した。
「……もしもし?」
「おねえちゃん……」
「かいちゃんっ? かいちゃんなのっ?」
間違いない。おとうとの声だ。間違いっこない。十四年間聞いてきた、愛しい愛しいおとうとの声なのだから。
わたしの異常な様子に、教室がにわかにざわつき始める。
「うち……うち……」
「かいちゃんっ?」
「もうだめかもしんない」
「かいちゃんっ!」
わたしがその名前を叫んだそのとき。
ひゅん。どさっ。
窓際の席に立つわたしのさらに向こう。
二階の窓の外で
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