【十七.おとうとの夢・三】

「おかあさん……なにしてるの」

「なんでもないっ! なんでもないからっ! 見るんじゃないよっ! 見ないで! あっちに行って! 早く!」

「ねえ、おじいちゃん、なにしてるの」

「おーおー、ほんとになぎさは俺によく似てる」

「はっはっ……やめて、やめて父さん! お願いだからっ! あっちに行きなさい、なぎさ! 行きなさいっ! 行きなさいったら!」


 ……


「きみ、その服、かわいいね」

「これ? もうちっちゃいから、おとうとにあげるの」

「そっか。おとうとって、どんな子?」

「ほら、あそこのテント。きいろいやつ。おかあさんのとこでないてる子」

「おとうと? 妹じゃなくて?」

「ああ、かいちゃんはね。こころがおんなのこなの」

「へえ。そうなんだ。……ところで、さ。きみ、かわいいね」

「なぎさが?」

「そーそー。……ちょっとお散歩したいな、なぎさちゃん。かいちゃんのお姉ちゃんだもんな?」


 ……


「おかーさーん、またおねえちゃんがかいりのおもちゃとったー」

「ちがうんだよ、かいちゃん。このおにんぎょうさん、ちっちゃいのがおおいでしょ。かいちゃん。たべちゃうかもしれない。まだかいちゃんには、はやいんだよ。おねえちゃん、かいちゃんをまもらないといけないの。どうしても。だから、ね? おねえちゃんがあずかっといてあげるから、ね? あずかるだけだから。だから、なかないで」


 ……


「おねーちゃん、おねーちゃん!」

「かいちゃん! いかないでよお、かいちゃん!」

「どちらまで?」

「駅。南大沢の、ロータリーまで」

「かいちゃん! かいちゃん!」

「おねーちゃん! おねーちゃん!」

「かいり、手、ひっこめな。ドア閉めるから」

「おねえちゃんは? おかあさん」

「なぎさは要らない子だからね、こないよ」

「やだよう、お母さん、かいちゃん返してよう」

「……ドア、閉めてもいいですか?」


 ……


「なぎさちゃん……? 初めまして、島田みゆきっていいます。もうすぐ荒浜みゆきになるんだよ。よろしく、ね?」

「……だれ、あんた」

「なぎ、そんな口の利き方をするんじゃない。……新しいお母さんになる人だよ」

「……おかあさん、もういるもん……」

「もうすぐなぎさちゃんのお母さんになるの。仲良くしてね、なぎさちゃん」

「……」


 ……


「卒業式。どうだった」

「最悪。せっかくお母さんが買ってくれたうちのブラウスもスカートも。みんなうちのことジロジロ見てひそひそ笑うんだもん」

「ひどいよね。お姉ちゃんね、かいちゃんの味方だから。そんなやつらのこと忘れて? ね、お姉ちゃんだけ見て」

「……うん。まあ、いいけど」


 ……


「おねえちゃん、この服どうかな、似合う? この花柄、大人っぽいし、袖がめっちゃ可愛いの。……お小遣いで、足りそうだし」

「かいちゃんにはまだ早いよ。いつものくまのやつの方が似合うよ」

「お姉ちゃん、もううち中二だよ。かわいいの着たいよ」

「かいちゃんに似合うのは、お姉ちゃん、わかるんだよ。ね。お姉ちゃんに任せて」

「……もう。わかったよぅ……あ、そうだ。この前ね、先生が良いって。セーラー服着て、いいって」

「いいじゃん、良かったね、夢叶って!」

「……うん。……良かった……」


 ……


「ひどいよ、ひどいよお姉ちゃん! 信じてたのに! ずっとずっと、信じてたのに!」

「ちがうんだよ、かいちゃん。これもぜんぶ、かいちゃんのためなの。ね? 信じてね、かいちゃん。お姉ちゃんはいつでもかいちゃんの味方だから」

「いや、いやあ! 来ないでよ、さわらないで! いやああ!」


……


「なぎちゃん、なぎちゃん」

「なあに、おばさん?」

「かいりちゃんが、亡くなったって。今、病院から」


……


「おねえちゃんだもんな。守れるよな? おとうとのこと」

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