【十六.カウンセリング・一】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。不思議なことに、全部が真っ白で目を開けてられないくらい眩しいのに、照明がどこにあるのかわからない。

 全てが明るいこの部屋で、わたしは薄ぼんやりと笑っている。


「大丈夫だよ、お母さん。わたしはどこにも行けないし、どこにも行かない。わたしはお母さんとかいちゃんの味方。お母さんとかいちゃんを追い出したお父さんなんかとは違う。あの嘘つきだらけのおばさんなんかとは違う。世界でいちばんたいせつな、お母さんとおとうとなんだから。だから、ね? 泣かないで。お母さん」

「お墓参りはいかがでした?」


 カウンセラーの先生が聞く。この部屋で白くないのは、このおんなのひとの赤い縁のメガネと、理知的なおかっぱの黒髪だけ。


「……はあ。だからぁ。お墓参りはいけなかったって、なんども言ってるじゃない。お母さんの具合が良くなくて」

「具合が悪かったのはお母さんでしょうか?」

「……? そうだよ? わたしは、こう見えて、元気なんだよ。わかる? おとうとが居なくなって、壊れちゃったお母さんを、一生支えるって、そう決めたの」


 かたかたかたかた。

 先生がパソコンのキーボードをタッチタイピングする音が真っ白な部屋に響く。


「壊れてしまったのは、だれですか」

「だから、お母さんだってば」

「おとうとさんを愛してらっしゃったのは、だれですか」

「それは、わたし。わたしだけだよ、おとうとを愛してたのは」

「おとうとは、荒浜さん以外に愛されなかった?」

「うん。そう。無理やり引き離されて。可哀想でしょう。それに、わたしが守らないといけないの」


 かたかたかたかた。


「それは、どうしてでしょう」

「どうしてって……それは……それは……」


 かたかたかたかた。


「……大丈夫ですか?」

「……」

「荒浜さん……?」

「……気持ち悪い。吐きそう」


 赤いメガネの奥で、カウンセラーの先生の目が光った。お部屋は真っ白なのに、なぜだかそれはよく見えた。


「今日の最後の質問です。おとうとさんが居なくなってしまったのは、いつですか」

「だから……なんども言ってるじゃない。命日は六月八日だって。どうしてなんどもなんどもそれ聞くの? ねえ、先生」

「……わかりました。六月八日なんですね? ……今日はここまでにしましょうか」


 かたかたかたかた。……たんっ。

 カウンセラーの先生は、そう言うとキーボードから手を離した。


「お疲れ様です。荒浜なぎささん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る