【十五.まぼろし・一】
六月八日。土曜日。午後四時五十七分。わたし、十六歳。かいちゃんの命日。
エントランスの一方通行の自動ドアを抜けると、綺麗に綺麗に手入れをされた、背の高いフェンスに囲まれた中庭に出る。鏡みたいにつやつやに磨かれた花崗岩の石畳を歩くと、三棟からなるマンションに、石畳の道は別れる。わたしの家は三号棟。向かって左側。三号棟のエントランスの自動ドアをくぐる。葉っぱがちくちくした、名前の知らない観葉植物が対になって出迎えてくれる。郵便ポストを見てみる。五〇三号室。……空だ。ぴかぴかの銀色のエレベーターに乗って、五階を押す。一階に止まっていたので、すぐに開いた。五、のボタンを押してドアが閉まる。目も閉じてみる。今日のことを頭の中で反芻する。……ああ。そうだ。好きって言われたんだ、わたし。言われちゃった。なんか、付き合ってくださいと言われた時より、うんと嬉しかった。あの時は、喜びより驚きの方が大きかったから。……ああ、りっくん、好き……好きだよ、りっくん。わたし、幸せだ。すごく幸せだ。いま、すごく……
「五階です」
あれ。……なんて?
……いま、なんか……なんか、何かたいせつなことを思い出しそうになった……なんだろ、なんでだろ……
「五階です」
ドアは、無機質に開いた。
……
五〇三号室。玄関の前に着いた。「荒浜 としひこ・みゆき・なぎさ」。家族ごっこしてる三人の名前が書かれた表札。お父さん、再婚してすぐに付け替えた。大嫌いだった。
ノブを回す。二人はまだ帰っていないらしく、鍵が掛かっている。左手で制服のスカートのポケットに手を入れる。鍵、鍵……サンリオの、キーホルダーの……あれ? おっかしーなー。朝出る時には確かに入れたのに。あれー?
「はい」
ポケットに入れてない右手にかつん、と冷たい感触が触れる。しゃらん。……ありがと。わたしはごく自然に、振り返りもせずにそれを受け取った。
「いつもわすれんぼさんなんだもん、お姉ちゃんったら」
え。
振り返る。……誰もいない。でも……わたしの右手には、なかったはずの家の鍵が握られている。サンリオのキーホルダーも揺れている。そういえば。このキーホルダー。選んだの、かいちゃんだった。
「……かいちゃん……?」
かいちゃん。お姉ちゃんのこと、助けてくれたの?
かいちゃん。お姉ちゃんのこと、まだ好きでいてくれるの?
かいちゃん。お姉ちゃんのこと、もう怒ってないの?
ねえ、かいちゃん……
「ごかいです」
エレベーターのドアは、無機質に開いた。
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