【十四.彼氏・三】
六月八日。土曜日。午後四時三十三分。わたし、十六歳。かいちゃんの命日。
りっくんと店を出た。まだまだ明るいけど、お店に入る前に降ってた雨はわりと強くなっていた。じゃあね。そう言おうとしたら。
「送るよ。折りたたみ持ってる」
そう言って、黒の折りたたみ傘をぱらぱらと開いた。なんと。今日は家まで送ってくれると言う。いいよ、悪いから。そう言ったけれど……
「おいでよ。……ほら。それにこれも、立派なデートじゃん?」
そう言って彼は引かない。もう、いつだって押しが強いんだから。あの時だって……ん? あれ?
「どしたん?」
りっくんが覗き込む。……なんだっけ。わたし、なんで……なんのことを考えてたんだっけ。……まあ、いいや。
どっちにしろ、わたしの居場所のない、わたしが寝るためだけの場所なんて見せたくなかった。……さて、どうすればわたしの愛しい彼氏は諦めてくれるかしら。色々と部活のことやクラスの友達のことを話す彼をよそに、わたしはどうやって逃げようか、そればかり考えていた。
土曜日の夕方。商業施設の並ぶ繁華街。カップル、子供連れ、お年寄りの夫婦。色々な人で溢れた街並みを過ぎて、分譲マンションが建ち並ぶ、それ自体が公園の一部みたいに綺麗に区画整理された集合住宅のエリアに入った。曖昧な返事を返すわたしを置いて、彼はずーっと話し続けている。
「そんなに、わたしのこと、好き?」
「うん? そうだけど?」
あんまり真っ直ぐ答えるから、思わず下を向いてしまった。うん、とも、すん、とも言えないわたし……いけない、いますごくキモイ顔でニヤついてる……ほんとを言うと舞い上がっちゃいそうなくらい嬉しい。でもどうしてか、知られたくなかった。かいちゃんの命日だからかな。……だから、その心を悟られないようにするのが必死だった。
結局、わたしは彼を煙に巻くことは出来なかった。ふたりの、ふたりっきりの相合傘で、マンションのエントランスまで来た。そういえば、家のエントランスはタッチ式カードのオートロックだ。粘っていた彼も、ここでおしまい。必然的にここでお別れの流れになった。
ほっとする。どうして? 家を見られなかったから? 自分の下心を見られなかったから? わからない。わからないよ。わたし、だって、初めてだもん。初カレだもん。分かるわけないじゃない。いいよ。いいよそれで。わたし、初めて恋人が出来たんだもん。好き。好きだよりっくん。きみが、好き。
エントランスの一方通行の自動ドアに入る時、ふと、彼が言った。
「今度、もうひとつのおうちも見せてよ」
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