【十八.なぎさの家族・三】

 令和六年六月八日。土曜日。午後五時五十分。わたし、十六歳。かいちゃんの命日。


「げええっ」


 逆流した胃液が、喉の奥を焼く。自分が吐き戻したモノの臭いが気持ち悪くて、また更に吐く。

 自分のなかにある気持ちの悪い「汚れ」は、なんどもなんども吐いても、決して消えることは無い。

 彼氏を作って上書きしたところで。

 おまえは絶対に幸せにはなれない。


 穢れきったお前なんて。

 要らない子のお前なんて。

 おとうとを守れなかった醜く哀れな姉なんて。

 この世に生きる価値はないのだ。


 私の中の何かが、ずっとずっと、そう呼びかける。


「ごほっ、ごほっ……げえええっ、おええっ」


 ……酷い夢を見たせいか、気持ち悪くて気持ち悪くてたまらない。夢に出るのは、いつだってかいちゃんだ。もう一年経つのに、わたしは昨日亡くしたみたいな喪失感。そして夢から覚める度、理解するのだ。わたしはおとうとを自殺で亡くしたんだ、と。

 そんな訳で、わたしは便座を抱えて、吐いている。りっくんと食べたハンバーガーもぜんぶ便器にぶちまけた。吐くものが無くなって、胃液だけになってもまだ吐き気はおさまらない。


 ……おねえちゃんだもんな。守れるよな? おとうとのこと。


「うげえええっ。おええっ……ぺっ……」


 あんた、誰よ。どうしてわたしの夢にいつも出てくるの……どっか行ってよ。気持ち悪いんだよ。

 

「なぎちゃん? 大丈夫? 誰と話しているの?」


 いつの間に帰ったのか、おばさんが心配してトイレの戸を叩く。わたしは立ち上がって、レバーを引いてドアを開けた。じゃー。


「大丈夫?」

「なんでもない」


 わたしは涙をぬぐいながらトイレから出た。


「大丈夫じゃないよ、そんなに苦しそうにして」

「いいの、ほっといて」


 ちゅっちゅ。唇を鳴らす。苛ついてるときの、わたしだけの警告音。リビングに行くと、お父さんもいた。


「なぎ、いい加減にしなさい。自分の弟のお墓参りにも行かない、お母さんの心配にも耳を傾けない。お前という娘はいつだって」

「べつに、いい」

「何がだ」

「かいちゃんをお母さんに渡しちゃったお父さんなんて! 娘じゃなくたって、わたし別にかまわないもんっ!」


 ぱしん。おばさんが頬を叩いた。


「なぎちゃん! ダメじゃない、お父さんにそんなこと言っちゃあ!」


 わたしはひりひりする頬を抑えながら、リビングを飛び出した。


「どこ行くの、もう晩ご飯が」

「バイトだよ。うそつき女」

「なぎちゃん!」


 親にビンタされて泣いて飛び出すなんて、典型的なバカだ。自分でもそう思う。でも最近は毎日がぐちゃぐちゃで、自分が汚れきってて。こうすることでしか、心を保つことが出来なかった。

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