【十一.なぎさの家族・二】
令和六年六月八日。土曜日。午前八時二分。わたし、十六歳。かいちゃんの命日。一周忌。
リビングに入ると、おばさんが目玉焼きを焼いている。じゅうじゅう。水を入れられて蓋をされた卵が美味しそうな音を鳴らしている。わたしは、おはようも言わずに席に着いた。ちゅっちゅ。この歳になってもわたしは指しゃぶりが治らない。朝の食卓でも、気がついたら右手の親指をしゃぶっている。
「はい、あなた。……はい、なぎちゃん」
おばさんがご飯をよそったお茶碗を食卓に置く。
「それじゃあ、食べましょうか。……いただきまーす」
「いただこうか」
「……」
NHKが連続テレビ小説を放送している。たしか、女性初の裁判官のお話だ。内容なんて知らないし興味もないけれど、おばさんから目をそらすのにはちょうど良かった。
「今日は何時頃でようか」
納豆を混ぜながら、お父さんが言う。なんだかとても嬉しそうだ。
「十時前に出て、向こうで何か美味しいものでも食べましょ」
たくあんをぽりぽり食べながら、おばさんが嬉しそうに言う。まるでピクニックかドライブにでも行くかのような口調だ。
「来るだろ、なぎ」
お父さんが期待を込めるかのように声をかけてきた。所沢のはずれにあるおとうとのお墓参りには、月命日に毎月行っている。
「わたし、パス。これからお母さんのとこいくから」
「なぎ」
お父さんが失望したようにため息混じりにわたしの名を呼ぶ。おばさんも、それに同調した。
「今日は大切なお墓参りなのよ。だから家族みんなで過ごしましょうよ」
「家族?」
……家族? 家族ですって?
わたしはハッと息を吐いた。
わたしの家族はかいちゃんとお母さん。他に居ないし、
「だから行くんだよ、お母さんのとこに」
「なぎちゃん、私たち、大事な家族なのよ。どうしていっつもそばに居てくれないの?」
うそつき女。わたしのこと、要らない子だって思ってるくせに。扱いにくいだけの、お父さんと自分との仲を邪魔するだけの、生意気な小娘。そう思ってるくせに。
……お母さんと同じだ。あの頃の。わたしを置いていった頃の。わたしからかいちゃんを奪い取った頃の。わたしをキャンプ場の隅のあの場所で
わたしは、おばさんの声を後ろに聴きながら、リビングを後にした。それで逃げるように制服に着替えて、家を飛び出したのだった。
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