【八.おとうとの夢・二】

 令和五年四月十四日。金曜日。午後十時六分。わたし、十五歳。かいちゃん、十四歳。

 かいちゃんの家。南大沢から電車で一時間かかる、小平市の新小平にある、四部屋しかない小さな白い木造アパートの一室。家を出てったお母さんが借りた。


「かいりなんて名前、やだ。あいりなら、かわいいのに」 


 かいちゃんの部屋は、玄関入ってすぐ右側の、四畳半の和室。かいりの部屋。かいちゃんが自分で作ったかわいいプレートが、画鋲で──賃貸だからほんとはだめなんだろうけど──止めて、かけてある。お部屋の中も、もとが和室だとわからないくらいファンシーだ。ピンクのカーペットに、薄桃色のカーテン。この前ふたりで行った多摩センターのテーマパークで買ったキャラクターもののクッションが四つも並んでる。

 ……そんなお部屋で、華奢でショートウルフが似合うおとうとが、下を向いて言った。かいり。かいちゃん。わたしのおとうと。世界でいちばんかわいいわたしのおとうと。わたしが守ってきた、おとうと。かいちゃんの全部を、わたしが守らなくてはならない。


「でもそのワンピ、似合ってるよ。やっぱり、おねえちゃんが選んだものに外れは無いね」


 わたしが笑いかけると、ピンクのくまのワンピースを着たおとうとは照れくさそうにはにかんだ。


「えー、そかな……子供っぽすぎだよぉ」

「そんなことない、かいちゃんはいつだってこれ。トレードマークだよ。すごくよく似合ってる。かいちゃんらしくて、いい」

「そう? ……そか……ありがと、お姉ちゃん……そうだ、あのね、先月から学校でも、スカート履かせてもらえてるんだよ」


 可愛いおとうとは、照れながら、下を向いた。天使みたいな笑顔。わたしがこの世でいちばん好きな顔。


「本当? 良かったじゃん! やっと願いが叶ったね」


 中学に入学してから、かいちゃんは学ランだった。お母さんも本人も、ずっと女子生徒用の制服をと、訴えていた。やっと、叶ったんだ。わたしは嬉しくてたまらない。かいちゃんの中学校のセーラー服は可愛いと地元の小平でも人気らしくて、事ある毎にかいちゃんはわたしにあこがれを話していた。


「あのね、お姉ちゃん」


 そんな時ぽつり、と大好きなおとうとは頬を赤らめた。そして、わたしを見て、言った。


「うち、好きなひとができたん」

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