【七.なぎさの家族・一】
令和六年六月七日。金曜日。玄関の扉を開けた。夜の十時を回っている。わたし、十六歳。
南大沢から徒歩十分。坂の上にある、茶色いタイルで仕立てられた三棟からなる十二階建ての分譲マンション。三号棟、五階。五〇三号室。ホテルみたいな広いエントランス。セキュリティ万全のオートロックのロビー。たぶん、裕福な家なんだと思う。貧しい思いはしていないから。でも、かいちゃんがいないこの家は、わたしの居場所ではない。
うちの玄関。「家族」で撮った写真がたくさん飾ってある。「おかえりなさい」ってでかでかと書かれた趣味の悪い色紙もいっしょだ。いつまでも馴染まないわたしを気遣って、おばさんがあの手この手で色々この家を飾るのだ。玄関も、冷蔵庫も、テレビの前も。「あなたは私の家族だよ」……でも、その押しつけが透けて見えて、気遣いの何もかもが嫌いだった。
「なぎちゃん、おかえりなさい」
そんなおばさんが、まだ起きていた。リビングの扉を開けて、玄関でローファーを脱ぐわたしの元に駆け寄ってきた。
おばさん──この人は、わたしが六歳の時にお父さんが再婚したひと。荒浜みゆき、っていう名前。お父さんより十二歳も歳下で、わたしとは十六歳しか離れてない、それだけのひと。わたしは、一度もお母さんと呼んだことは無い。わたしのお母さんはひとりだけ。いま、精神科で入院してる、あのお母さんだけ。だから、おばさんって呼んでいる。
「お腹減ってない? お母さん心配したのよ。何か食べる?」
「まかない食べてきたから、要らない」
「ねえ、なぎちゃん。たまには一緒に食べたいなぁ。母娘なんだから」
わたしは無視して自分の部屋に入った。心配するフリ、分かるから。家族はこうでなきゃ。そんな押し付け。あなたが心配。そんな嘘。そういうのばっかり。この家はおばさんの押し付けと嘘で溢れている。ありのままのわたしを受け入れてくれるようにできていない。かいちゃんを求めるわたし。お母さんを心配するわたし。そんなわたしをおばさんが受け入れてくれたことは……一度もなかった。だからわたし、あなたのおかげでひとの嘘が見抜けるようになったの。すごいでしょ。……もちろん、それを褒めてくれたことも、ない。
部屋に入ると、電気も付けずにベッドに突っ伏した。頭の中がぐちゃぐちゃだ。いらいらしていらいらして、不愉快でたまらない。ぼすんぼすん。枕を叩いた。
ぐうう。お腹が鳴る。
ほんとはまかないなんて、食べてない。お腹減った。
……うそつきは、わたしもおんなじなのかもしれない。
ふと、そう思った。
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