自失・水情

@soumikana

(サブタイトルなんて思いつきません。by筆者)

「ハぁ」

桜の花びらのように、柔らかく、可憐な、声。溶けてしまいそうな、微弱な振動が、口から漏れ出る。目の前の「57点」と書かれたテストから目を背けるため、少女は少々、震えながら、クラスメイトから盗んだ、ハンカチをポケットから広げ、顔を布切れに埋めた。ハンカチの持ち主(その人物は、ため息の主の幼馴染であり、恋人の少女です)の、水では流し落とせなかった、菌、手汗、少しの人間の香り、それらから、愛しの人間の情報を、半ば強引に、引きずり出し、やや1刻のもと、甘美な感触と戯れ始めた。(この1刻というのは、先程、桜の声を出した少女が、1日のうちに楽しんでいいと、決めた時間なのですが、時折、2刻を越えようと差し掛かった時まで、快に溺れることも、あるんだとか)

「もしもし」

「もしもし...小春?どうしたの、こんな時間に。今、2時だけど」

愛する人の声、これを聞いただけで、数瞬の間、不安という感情から解放される。だが、その数瞬が経ってしまえば、アンバランスな情緒に戻ってしまう。常に、府の菅法から逃れるためには、彼女ー風夏(ふうか)ーの印を、互換各種で、満たされ続けなければならない。そして、直接会いに行くのではなく、電話をかけたということは、先のことが目的でないことが伺える。

「実は話さないといけないことがあって...」

「それで電話してくれたのね、ありがと。ちゃんと話は聞いてるから、安心して話して」

言葉の端から端まで、自分を気遣ってくれのが分かる。遅い時間なのだから、眠気を感じているということは想像に難くない。だというのに、自分、に今、この瞬間、向き直ってくれている。その事実に、小春は、毛布のような、優しい、安心感を覚えた。自分に向き合おうとしてくれているということは、自分、に期待している、と、とれる。それにこたえるためにも、言葉をつなげた。

「スぅー、フゥー。今日、定期テストの返却がありました」

「うん」

「それで、数学と理科は、う、うまくいったのですが、...

 こ、国、国がっ、」

無駄な前置きが、不安、に注目させる隙を、あたえてしまった。たちまち、つなげていた言葉が視界の片隅に追いやられ、負の海が目の前に広がる。もしかしたら、どうせ、失望、かもしれない、こわい、破局、などの言葉が津波のようにおしよせて来る。

「あっ、ああ、ぁ」

喉から声が出ない。目の前が真っ白になり、じんじんと目が痛くなる。できものがあるわけではない。その痛みは、眼の疲労からでも、睡魔を抑えるときのもでも、そのどれでもない。胸が苦しい、それを和らげるために力を入れ、息が止まり、さらに苦しくなる。深呼吸をしようにも、肩や胸に力が入り、うまくできず、落ち着けない。向かい風が肌をなでるように、寒気が、肘とひざの部分から、体の末端へと駆ける。しだいに、足の裏が、ちくちくと痛み始める。何を考えればいいのか、そして、今、何に注意を向けているのか、そもそも何かを見ることはできているのか、どんどんと、思考の泥沼にハマっていった。体感十分は感じている苦痛、だが実際は、二分五十三秒しか経っていない、彼女はカナヅチなのだ。泳ぎ方を知らず、海に入ったら最後、一人では溺れてしまう。

「大丈夫だよ、小春」

「っ!」

鼻の中に神のにおいが広がる。それと同時に、でたらめな思考が消え、ひと昔の初夏、に感じられる陽気で、満たされた。そして、心と同じように、体にもちょうどいい熱を、服ごしに感じる。

「ふうかちゃん?え、でも今、でんわではして、た...」

「会いに来たくなって、来ちゃった!!」

愛のほうようを緩め、優しい微笑で返してくれた。一瞬、喜びと、その気持ちが嘘なのではないかという、不安、でスムージーされそうだったが、いつの間にかつながっていた、手のぬくもりが、不安という材料を取り出した。そして、喜び、で作られた果汁水は、酸味と甘未によって、純度の高い、深みを、あたえた。

ふと、時計に注目が向いた。深夜であること、それに小春は今更ながら気づいた。

「さっき、小春は何をはなそうとしたの?ほら、電話でさ」

「あ、それは、これを見てください...」

机の上に置かれたまんまのテストを、勢いのまま、風夏に渡した。

直後、頭を殴られたような、強い不安感に襲われる。再び、息を詰まらせ、自溺、そうなろうとしたときだった。右肩のほうから、急に左の法へ、引き寄せられた。それに、ビクっとして、右隣にいる少女を、恐る恐る見る。自分が疑ってしまったことを責めたくなる。相変わらず、安心できる顔が、見えた。そして、こちらからの視線があちらに届き、彼女も気づいた。目をやさしく細められた。

「再テストがあるってことね」

「はい」

「再テストっていつあるんだっけ?」

汗のにおいが範囲入り込む。

「た、たしか、1週間後だった気がします」

「なるほど、1週間後かぁ」 風夏が考えるようなポーズをとる。

ボコボコという音が聞こえてきがした。

「じゃあ、それまで一緒に放課後、いっしょに勉強しよう!!」

広い視界から、涼しさを感じる。

「今月は、私短期のバイト、いれるつもりじゃないし、よかったらどう?」

「ぜひお願いします」

「決まりね。場所は、図書館とか、ファミレス、それからぁ、」

「私の家//」

「それなら、小春の家にしよっか」

ニヒッ、とでも聞こえてきそうな顔。

「いいんですか?私の提案で.」

「いいの!そうと決まれば英気をお互い養わないと」

「そうですね。一緒にここで寝ましょう!!」

「そう一緒に、...えェッ!?」

風夏の動きが止まる。

胸のあたりで空腹感が生まれる。意識してはいけない、そんなことは分かってはいても、どんどん大きくなっていく。

「別にいいんだけど、私、ここまで走ってきたから、ちょっと汗臭いんだけど...」

肥大したものは最終的に、炎天夏にさらされた、ネットリとした泥が、胸で渦回り始めた。そして、泥は動き続き、暗い思考へと、道を作り、少女を連れて行った。不満と不安、今を忘れるための思考へと。

「ちょっ、小春...、やめっ...あっ!」

柔らかい、それに、いつもと違って乙女みたいな、かわいい声。

「ん、ん~~!!」

風夏のために、ちゃんともめてるよね、次は...。


依存が強くなるのか、はたまた関係が破綻するのか、それとも物語のようにきれいに、大きく、2人は成長できるのか、今の時点では誰にも分らない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自失・水情 @soumikana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画