第8幕 せっかくなので転生します

 目が覚めると、そこは見たこともない幻想的な場所だった。


 足元は歩くたびに波紋はもんが浮かび上がり、空は望遠鏡で宇宙を見た時のような神秘的な景色が遥か彼方まで続いている。


「ようこそ、死後の世界へ」


 透き通るような女の声がする。

 そこには、人間離れした美貌びぼうを持つ少女がいた。


「……これは夢か?」


「いいえ、現実です」


「そうか……俺は死んだのか」


 おかしい、何一つ思い出せない。

 自分には本当に生きていたのかすら疑問に思うほどだ。


「……どうかしましたか?」


「いや、生前の記憶が全く無くて……」


「たまに居るんですよね、死んだ時のショックで記憶を失ってしまう人が」


 少女は俺に同情の目を向けた後、安心してくれと言わんばかりに優しい笑顔で提案してくる。


「良かったらもう一度人生をやり直しませんか?」


「え?」


「そんなに若くして死んでしまうだなんて、あまりにも可哀想です。まだやり残した事もたくさんあったでしょう?」


「いや、記憶がないので全く覚えていないです……。というか貴方は一体何者なんですか? ただの女の子には見えませんが…」


「あら、自己紹介が遅れましたね。私の名前はイシス、生と死をつかさどる女神です」


 イシス……聞いたことがないな。

 というか女神ってなんだ?


「私ならあなたを生き返らせてあげる事が出来ます。記憶を戻してあげることはできませんが……」


 何も思い出せない。

 だけど俺にはやるべきことがある……気がする。

 なんだろう。

 ただただ得体の知れない使命感が俺に生きろと訴えかけてくる。


「そうですね、せっかくですしもう一度人生をやり直そうかな」


「それでは、あなたが元いた世界に戻してあげますね」


 イシスが何かの詠唱を始める。

 足元に魔法陣が浮かび上がり、やがて眩い光に包まれ、俺の視界は真っ白になっていく。


「それでは……えーっと……帯向おびなたさん! 願わくばあなたの第二の人生が良きものになります様に……」


 オビナタ……俺の名前はオビナタって言うのか。

 女神の言葉を聞きながら、俺の意識は遠のいて行った。


       


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