第7幕 仕方がないので転生しました

「まさか……あの時発動した魔法は、『光の加護』一つだけではなかったということか」


「そうだ。俺はあの時、転生魔法も同時に発動していた。上手くいくかは賭けだったがな」


「何故転生などした。そんな成功するかも分からない魔法に魔力を割かなければもっと長い間『光の加護』を付与ふよできたはずだ」


「仕方ないだろ、お前を倒すためだ」


 オベイが臨戦体制りんせんたいせいに入る。


「シンラ。お前、魔王だろ?」


 その言葉にシンラは一瞬顔をしかめるが、やがて諦めたかのように笑いだす。


「……フフフ、フハハハハ! やはりバレていたか……さすがはアシュラン、私が唯一ゆいいつ認めた人間だ」


 魔物を統一してひきいる、人類にとって最恐さいきょうの存在、魔王。

 シンラが魔王だったとは思わず、この場にいるほぼ全員が驚動きょうどうした。

 もちろん俺も。


「まさか魔王が自ら人間を潰しに来るとはね」


「我々魔族にとって、人間の不安や恐怖の感情は大好物なのだ。人間の世界を牛耳ってから正体を明かしてやろうと思ったのだが……。ガーナピットの連中にもバレてしまっては、この計画は失敗だな。仕方がない」


 シンラが城壁の方に手をかざすと、そこから出た黒い光線が城壁を粉砕ふんさいする。

 砕かれた城壁の奥に、聞き耳を立てていたガーナピットの兵と、馬にまたがり真っ先に遠くへ逃げようとしている、ガーナピットの王らしき人物が見えた。


「お前はもう用済みだ」


 黒い雷をまとった魔力弾まりょくだんが放たれ、王の頭を貫通する。

 ガーナピットの王は、馬上ばじょうから力無く落ちると、すぐに動かなくなった。

 それを確認したシンラは、徐々に体を異形化させながら辺りを見渡す。


 頭に生えた二つの突起物とっきぶつは、禍々まがまがしいオーラを帯びた角となり、背中には可視光すら飲み込みそうな、漆黒しっこくの大きな翼があらわになった。

 肌は徐々に黒く、目は赤みを帯びていき、爪も牙も鋭さを増していく。


 人間の正気を刈り取るような眼光がオベイに向けられる。

 そしてまるで脳内に直接話しかけるような響き渡る声で話し始めた。


「お前の判断は正しかった。たかが数十年、民を魔法で護った所で、人類とは比べ物にならないほど長寿な私には意味がない」


「それに、お前の成長速度は異常だ。あの十年もすれば、この星など寝ながらでも制圧できるくらいには強くなっていただろう」


「……間違いないな」


 オベイは、禍々しい姿に変貌へんぼうしたシンラにひるむ事なく、近づいていった。


「人類のためにも、今日ここでお前を殺す」


 そう言われたシンラは、どこか楽しそうに。


「この姿になった私は、人間の姿だった時よりもステータスが大きく上昇する。お前がこの十八年間の間にお前がどれだけ強くなったかは知らないが、私には到底及ばないぞ!」


 まるで久々の強者との対決に胸がおどるかのように。

 子供のように無垢むくで残忍な笑顔を浮かべ、オベイに向かって魔法を放とうと。


「『エンチャント:ヴァース』!」


 した瞬間、リリィの魔法によって地面が光り、強化魔法が付与された。

 少し驚いた様子でシンラがリリィを睨みつける。


「ほう、ハイエルフか。自然に愛された貴様らなら、大地を強化する魔法を使えるのも納得だが、まさかここまで広範囲に付与できるとは」


「いちいち街を破壊されちゃあ、お前を倒した後住める場所が無くなってしまうからな」


「ふん、私としても都合が良い。制圧した後はここに別荘を作ろう。貴様ら王族の首を飾った別荘をな!」


「アレシアさん、ナナシロ君! その他の兵士さん達も! あなた達が居ると邪魔になるわ、早く逃げて!」


 リリィに名前を呼ばれナナシロはハッと我に返ると、アレシアの腕を掴みうなずく。


「わ、分かりました! 行きますよ、母上!」


「皆の者! 陛下達を守りながら速やかにこの場を離れろ! 迎撃組もだ、ガーナピットの兵達に、すでに戦闘の意志はない!」


 フィグナルのつるの一声で、魔王の覇気に圧倒されていた兵士達も我に返る。

 さすが、普段から訓練されている兵士達だ。

 迅速じんそくな対応でその場から霧散むさんしていく。


「フフフ、流石だアシュラン。今すぐにでもあの鬱陶うっとうしい羽虫どもを消し去りたいのに、君一人から目が離せない」


「そりゃどうも。さて、死んでもらおうか」


「それはこっちのセリフだ。十八年ぶりの挨拶代わりに喰らうがいい!」


 黒いいかづちの塊がシンラの頭上に形作られていく。

 そして放たれた雷は無数に枝分かれし、音を置き去りにする速度で地面を這うようにオベイに向かっていった。


「『否定』」


 その二文字がオベイの口から発された瞬間、地を這う無数の雷は跡形あとかたもなく消え去った。


「……何をした⁈」


 リリィもシンラも今起きた状況を理解できていなかった。

 おそらくこの世界で、この事象を理解していたのは俺とオベイ、二人だけだ。


「お前、まさか本当に……!」


「あぁ、ぶっつけ本番だが成功した」


 魔法を消滅させる魔法。

 オベイは『否定』という言葉をトリガーに発動したのだ。

 だがそれは簡単ではない。

 対象の魔法、および構築された術式を瞬時に把握し、その術式を無に書き換える。

 俺も昔同じ事を閃いたが、術式を理解できない俺には天文学的な確率を当てる必要があったため、結局夢物語に終わった。

 ある程度術式を把握、構築できるオベイだからこそ実現可能な芸当げいとうだ。


「どんな手品か分からないが、それなら無数に攻撃を浴びせるまでだ!」


 水、炎、雷、土、風、光、闇。

 奴の放つ強大な魔法一つ一つが、大気を震わせ轟音ごうおんをたてる。

 どの魔法も俺の目では追えない程の速度でオベイを襲っているが、それらがオベイに届くことは無く、跡形もなく消滅していく。


「貴様……本当に何をしたんだ! 何故私の魔法が届かない!」


「十八年間、ずっとお前を倒す事を考え続けていた。その結果さ」


「答えになっていないぞ!」


 明らかにイラついた様子でオベイを睨みつけるシンラ。


「……魔力も殆ど減っていないな。幻覚魔法を発動した形跡けいせきもない。これは夢か?」


 術式を使っているオベイの魔力の消費はほとんどない。

 シンラとの魔力の差も、これなら気にしないで済みそうだ。


「仕方がない。魔法が効かないのなら、全ての魔力を身体強化に振り切れば良いだけの話」


「ちっ、気づきやがったか」


「それにお荷物も二人ほどいるし、な」


 シンラがこちらに狙いを定めてくる。


 あれ? これまずいのでは?


「私は今付与魔法で精一杯だから……コリン君、私を守ってね!」


「はい⁈ いきなりそんなこと言われても……」


 あいつの攻撃を防げるような方法無いんですけど!


「ところで、エルフの女はいいとして、お前は何者だ。何故逃げずにここにいる。まさか俺の魔法が消えたのは貴様の仕業か?」


 仕方がない、ひとまず会話をして時間を稼ごう。


「魔法が消えたのは俺の仕業ではない」


「そうか、まあいい、死ね」


「え、ちょっと待っ……」


 俺が話終わる前に、視界からシンラが消える。

 空間転移の魔法で俺の背後に現れたシンラは、拳を握り締め振り下ろす。


「させねえよ」


 オベイが素早く俺の前に飛び出し、拳を受け止める。

 だが受け止めた衝撃波で俺は立っていられず、ゴロゴロと地面を転がった。


「ふむ、空間転移は止められなかった。とすると、タイムラグのない魔法は止められない、又は自分の使えない魔法は止められない、の二択か」


「……さあな、どちらも違うかもしれない」


「……まあいい、ゆっくり謎を解き明かすのもまた一興いっきょうだ。それにしてもこいつは本当になんなんだ。一般人どころか、今の衝撃波にも耐えられない雑魚じゃないか」


 いやほんとすみません場違いで。

 だがこの距離なら狙いを定められる。

 とりあえず今は時間を稼ごう。


「なあ魔王さんよ。俺が何者か知りたいか?」


「ふん、お前みたいな塵芥ちりあくた素性すじょうなどどうでもいい。さっさと消え……」


「俺も転生者だ。ただし前世はこことは違う世界に居た」


 そう言いながら俺はポケットに入れていた小さな金属の塊を取り出し、魔力を流していく。

 魔力に反応する形状記憶合金けいじょうきおくごうきん

 俺の微細びさいな魔力でもしっかり反応してくれるので目をつけた。

 やがてそれは、小さなノートパソコンの様な形へと変わっていく。


「ふん、別に驚くような事ではない。異世界から転生者は貴様以外にも前例がある。ところで貴様、何をしている。なんだその微妙に折りたたまれた金属の板は」


「二百年前、魔王は何に倒されたか覚えているか?」


 シンラの質問を無視し、俺は魔王からに見えないようにボタンを押した。

 装置が起動する。


「……異世界からの転生者含む冒険者パーティだったな。あの時は確か、先代魔王が油断していた結果、異世界のよく分からない知識や兵器に翻弄され敗北した筈だったな」


 なんだそれめちゃくちゃ気になるんだが。


「確かに異世界は未知の領域。お前を生かしておくのは危険かもしれないな、よし殺そう」


「ちょっと待ってくれ! 俺はケモミミ少女の膝枕で寝るまで死にたくない!」


 リリィとオベイ、シンラまでもが何言ってんだこいつ……といった目でこちらを見ている。

 それにも構わず、俺は続ける。

 とにかく何でもいい、馬鹿にされてもいいし黒歴史をさらに一つ増やそうと構わない。

 とにかく時間を稼がなくては。


「俺はこの世界に転生しましたが、魔力に恵まれませんでした! ですが俺は洞察力に優れています、だから必ず貴方様のお役に立って見せましょう!」


「え⁈コリン君このタイミングでまさかの裏切り⁈」


「よし、お前から始末するか」


 オベイが俺を始末しようと指の骨を鳴らす。

 冗談だよな?

 俺は内心ビビりながらも話を続ける。


「それを証明するために今から一つ面白い話をしましょう」


「……なめているのか貴様? もういい、死……」


「先程の空間転移魔法、正確には空間転移ではないですよね?」


 しびれを切らし、俺を殺そうとした魔王の動きが止まる。


「なんだと?」


「貴方ほどの質量が転移した場合、その場から消えた事による大きな運動エネルギーが発生するはず……それが起きなかったということは、考えられるのは……空間そのものの入れ替え」


「……なるほど、確かに素晴らしい洞察力だ」


 シンラのこちらに対する敵意と警戒が強まる。

 そりゃそうなるよね。

 だが少し時間は稼げた。


「ねえ、どういうこと? 私全然理解できてないんだけど」


「俺は理解できたぞ。確かにそれなら万が一発動に失敗しても大惨事にはなりにくいし、イメージも空間転移より数段簡単だな」


「人体を転移させる魔法を使ったんじゃなくて、同じ大きさの二つの空間を丸々入れ替える魔法を使ったって事ですよ」


 まあ原子の組成そせいが全く同じじゃない限り何かしらのエネルギーは発生するから、ただ当てずっぽうで言っただけなんだけどね。

 まあ魔法なんていう奇跡だらけの世界で、情報力学なんてものが当てになるわけもないが。


「それでも魔法を発動するのには相当な集中力が必要なはずだ。そんな暇はもう与えないぞ!」


 オベイが空が見えなくなるほどの『光弾』を展開し、発射する。


「ちっ……やはり異世界からの転生者は厄介だ、真っ先に殺すべきだったか」


 シンラが俺を殺そうとするが、オベイの猛攻もうこうを防ぐのに精一杯でこちらにはなかなか手が出せないようだ。

 今のうちに準備をさせてもらおう。


「くっ、鬱陶うっとうしい!」


「身体強化魔法だけで俺の『光弾』を交わし続けるのはキツいだろう!」


 アレシアとは比較にならないほどの威力と数の『光弾』がシンラをおそう。

 もはや絨毯爆撃じゅうたんばくげきだ。

 交わしきれず、徐々にシンラの体に火傷跡のような傷が増えていく。


「キリがないな……」


 視界全体をおおうほどの高密度な『光弾』に、シンラはたまらず背を向けると、街中に消えていった。


「あっちの方向は……避難所か! 国民を人質に取られたら面倒だな」


「身体強化に全振りしてるだけあって早いわね……大丈夫、あそこの建物に隠れて回復しているだけだわ」


 リリィの長い耳がピクピクと動く。

 さすがハイエルフ、索敵能力にも優れている。

 

「あの建物の強化だけ解いてくれ」


「分かったわ」


 リリィが強化魔法を解除すると、オベイが無数の『光弾』で木っ端微塵こっぱみじんにした。


「ちっ、もうバレたか……まあ問題ない。お前、回復魔法は消せないんだな」


 シンラの体に刻まれた火傷跡のような傷がみるみる治っていく。


「……」


「図星か。お前が消せる魔法は、自分が使用できる魔法のみ。それならば貴様が見たこともないような魔法で攻め続ければ良いだけのこと」


 シンラの周りに黄土色の液体が現れる。

 液体が触れた場所が溶け、煙が上がった。


「強酸か!」


「そうだ。その反応を見るに、この魔法は消せないようだな」


 シンラはそれをオベイ目掛けて……ではなく、こちらに向かって飛ばしてきた。


「やめてよ汚い!」


 リリィが間一髪、風の魔法で吹き飛ばす。


「アシュラン、お前の弱点を教えてやろうか」


 シンラの目が不気味に光り、地面に巨大な魔法陣が現れる。


「それは、お前がくだらん情を持った人間だということだ」


 やがて赤く眩い光が辺りを埋め尽くし、思わず目をつむる。

 目を開けると、四体の異形の存在が悠然ゆうぜんたたずんでいた。


「魔王様、お呼びでしょうか」


「四天王のお前達に命ずる。そこにいるハイエルフと人間を嬲(なぶ)り殺せ」


「「「「御意ぎょい」」」」


 なんで俺は異世界にきて四天王全員から一斉になぶり殺されそうになっているのだろうか。

 王道ルートもパワーバランスもあったものじゃない。


「くっそ! これでも喰らえ!」


 俺は隠し持っていたテーザー銃を、向かってきた四天王の一人に向かって打つ。


「なんだこれ」


 はい、案の定プローブが指一本で弾かれました。


「コリン君! もしかしてこれが切り札なの⁈」


 リリィが絶望の表情で涙を浮かべながら、俺の肩を両手で掴みガクガク揺らす。


「違ガガガ、落ち着いてください! これは切り札じゃありません!」


「じゃあこの状況から打開できる切り札がまだ……」


「いやそれはありません、マジやばいです」


「この二日間なにしてたのおぉぉぉぉ」


「フハハハハ! お前はあの二人を見殺しにはできまい! 奴を庇いながら我々と戦うしかないのだ!」


「はあ、仕方ない」


 オベイは、勝ちを確信した顔であおってくるシンラを殴り飛ばすと、こちらに向かって大声で叫ぶ。


「リリィ、付与魔法を解いてもいいぞ」


「え、いいの⁈」


「あぁ、この際仕方がない、そっちは任せる」


「了解したわ!」


 地面の硬度が低くなった気がした。


「覚悟しなさい四天王! エルフ王国第一王女、リリィ・エルフィーナがあなた達をほうむってあげるわ!」


「ええええぇ⁈ リリィさん王女だったの⁈」


 なんで王女様が大人の店の店長なんかやってるんだ……。


「ふん、エルフ風情が私達四人に勝てると思うなよ!」


「この地に眠りし木の精よ、我に力を貸して!」


「その首貰ったあ!」


 四天王の一人がリリィを串刺しにしようと、槍を突き出し飛び掛かる。


 だが、その槍が届くことはなく、地面から太いつるが生え、奴の体に巻きつき動きを封じた。


「なんだこれ! 動けねえ!」


「私の魔力でガッチガチに固めた、エルフの森の木の蔓よ! 簡単には切れないわ!」


「一人の動きを止めた程度でなんとかなると思ったか? 奴は四天王の中でも最弱! 我々はまだ三人いるぞ」


「うーん、ちょっとしんどいな~〜」


 リリィは木のつるを巧みに操りながら、四天王の攻撃をさばき、なし、反撃する。

 だが、徐々に押され気味になる。

 リリィ一人じゃあまり持ちそうもない。

 煙幕の一つでも作って持ってくるべきだったぜちくしょう。


「……まさかあの女、あれほど強かったとは……」


「当たり前だ。俺が足手まといをこの場に置いておくわけがないだろ」


「いや、あの男は足手まといだろう」


「それはどうかな? あいつの事を軽視すると痛い目を見るぞ」


「その態度、ハッタリじゃなさそうだ。あの男をえらく信用しているようだな。それなら……ハイエルフは後回しにしていい! あの男を人質に取れ!」


 シンラの命令によって、リリィを危険視していた四天王達のターゲットが俺に切り替わる。

 テーザー銃は役に立たず、もう時間を稼げそうな手段も残っていない。

 万事休すだ。

 四天王の一人が巨大な腕で俺の体をわしつかみにした。


「ちっ、まずいな」


 咄嗟とっさにオベイがその腕を切断するが、オベイの意識が自分から離れるのを狙っていたシンラがその瞬間を逃すはずもなく。


 シンラ渾身こんしんの蹴りがオベイの右腹に直撃し、骨が折れる鈍い音がした。


 そしてそのまま蹴り飛ばされる。

 オベイはゴムまりのように何度か跳ねると、その後ピクリとも動かなくなった。

 その瞬間、俺の視界が真っ赤に染まる。


「フハハハハ! 弱き者を助けるために己が死ぬとは馬鹿な奴め! 前回の敗因から何も学んでおらぬわ!」


「コリン君逃げて! 私が時間を稼ぐから!」


 リリィが何かを必死に叫んでいるが、よく聞こえない。

 自分のせいでオベイが死んだ。

 自分なんかがここにいても、二人に迷惑がかかる事は少し考えれば分かった事だ。

 否、分かっていた。


 役に立てるかと思ったんだ。

 いいところを見せられると思ったんだ。

 少しは恩返しできるかと思ったんだ。


 二日間考え抜いた切り札を披露ひろうしたいがために、転生してまで成し遂げようとした親友の復讐ふくしゅうの邪魔をした。

 色々なものを失って初めて気づいた自分の愚かさに、激しい殺意と怒りを覚える。

 考えも見通しも甘すぎた。

 俺は所詮、平和ボケした日本人なのだ。


「おい、シンラ。俺と一騎打ちをしろ」


「コリン君、何言って……」


「フハハハ、絶望でとち狂ったか! いいだろう、お前もすぐにあの世に送ってやる!」


 切り札は間に合わない。

 色々な手段を考えるが、自分の無駄に優秀な頭脳が可能性を否定する。

 可能性があるとするなら……術式を構築して魔法を使用する事。


 ふと、自分の異変に気づいた。

 少しだけ術式を理解できている。

 オベイほどでは無いが、術式をどう組み込めばなんの魔法が発動できるか少し分かる。


 土壇場で、第六感というものを掴んだのだろうか。

 死を感じると人は急成長するとはこういう事だろうか。

 いや、何か違う気がする。


 自分の中で何かが剥がれ落ちていく気がする。

 体も思考も、何もかも縛り付けていた 痺れが少しほぐれていく感覚。

 今の自分なら何でもできるのではないかと錯覚するほどの万能感。


 まあ今はそんな違和感どうでもいい。

 オベイほど使用魔力を削る事はできないが……これならアレくらい作れるな。


「お前は弱いが厄介だ。ここで確実に殺す」


 シンラは、手から黒炎を生み出すと、こちらに向けて放とうとする。

 それよりも早く、俺はシンラの手の上に直接、その物質を生成した。

 それと同時に残った魔力で身体を強化し、リリィを抱きかかえ、その場をできるだけ離れる。


 その物質はダイナマイトにも使用されている有機化合物。

 わずかな衝撃でも、加熱でも摩擦まさつでも爆発する悪魔の液体、ニトログリセリン。


 すぐに爆発音が聞こえ、シンラの苦悶くもんに満ちた叫び声が聞こえ、爆発の余波が俺とリリィを吹き飛ばした。


「え、何が起こったの⁈ コリン君がやったの⁈」


 体についた砂を払いながら、リリィが起き上がる。

 今起きた事が理解できていないようだ。


「簡単に言うと爆薬を生成しました。シンラの奴、警戒けいかいしていなかったからまともに食らったはず……」


「あぁ、まともに食らったさ。お陰で右手首が吹っ飛んだ。まあすぐに再生したがな」


 何もいないはずの後ろから聞きたくない、おぞましい声が聞こえてくる。

 振り向くと、そこには四天王と呼ばれた化け物達とシンラが立っていた。


「どうやらお前の魔力はもう尽きたようだな。全く、手間をかけさせてくれる。だがこれで本当に終わりだ」


 我を忘れるほど怒りに身を焦がし、土壇場どたんば覚醒かくせいしてもほとんど何もできなかった。

 二日間死に物狂いで考え、作った切り札も使えなかった。


 オベイとリリィだけならこの国もこの世界も魔王に支配されず、救われていたのだろうか。

 こんな愚かな俺をゼウスは今も見ているのだろうか。

 もし見ているのなら何を思っているのだろうか。


 吐きそうなほど自責じせきの念にられ、自己嫌悪に押し潰されそうになっている俺を見て、リリィが声をかけてくる。


「オベイ君は言っていたわ。コリン君の切り札が必要になる時が来るって」


「でも、僕の切り札は使える条件がかなり限られているんです。今の状況ではもうなんの役にも立ちません」


「フハハハハ! 貴様もアシュランも目が節穴だった様だな! 名前を変え、身分を隠し、我を殺すために努力してきたくせに、そこにいる木偶坊でくのぼうのせいで全てが水の泡になるとは。人間とは、なんとも愚かな種族だ」


 シンラが嘲笑あざわらいながらリリィの頭に手をかざす。


「まずはお前からだハイエルフ。お前のせいでこの女はこれから死ぬ。さあ、後悔と絶望の表情を私達に見せてくれ!」


「彼、あなたの切り札の内容知っているらしいわ、そして言ってた」


「死ね! ハイエルフよ!」


 既に勝ちを確信した最恐さいきょうわらう。


 そして。


「コリンの切り札と俺の切り札でシンラを倒す。それまでは死ねないって」


 全てが計画通りだと最強は笑う。


 シンラの魔法がリリィの頭を貫く事はなく、シンラ達は目の前から姿を消した。




 ◇




「ありがとう、これで完全に回復できた。君も早く避難してくれ、間も無くここも戦場になる」


「分かりました、ご武運をお祈りしています、アシュラン殿下」


 ライドルは深々と頭を下げると、駆け足で避難所へ向かって行った。

 俺は、シンラと四天王が立っている空間と、自分の目の前の空間が入れ替わるイメージを思い浮かべる。

 初めて使う魔法が故、術式を駆使くしして使用する魔力量を減らすこともできない。

 かなり魔力を使ってしまうが仕方がない。


 さて、第二ラウンドだ。

 俺は二つの空間を入れ替えた。


「何⁈ ここは何処だ、奴らはどこに行った!」


 即座に臨戦体制りんせんたいせいに入るがもう遅い。

 俺は背後から、生成した光の刃で全員の首元を狙う。

 辛うじてシンラだけがギリギリ反応できたが、四天王の全員に命中、切断した。

 流石に首を切断されれば再生できまい。


「よう、さっきはよくも蹴り飛ばしてくれたな」


「貴様、生きていたのか……よくも我の部下を!」


「できればお前も殺したかったが、流石に無理か」


「だがお前もあの魔法でかなり魔力が減ったな。これならシンプルな身体強化だけで殴り勝てそうだ」


「一瞬でそれに気づくとは流石だな」


「今度は油断しない。確実にお前の息の根を止める」


「……やれるもんならやってみな!」



 ◇



「あっ! あそこにオベイ君がいる! 多分シンラが使っていた、空間を入れ替える魔法を使ったんだわ!」


「良かった、生きてた……」


「うわっ、ボロ泣きじゃん……そういうのはシンラを倒してからにしようよ。ほら、援護えんごしにいくよ、切り札はもう使えるの?」


「もう準備は終わりましたから、あとはシンラを同じ場所に五分ほどの間、とどめておければ……」


「オッケー! いざとなったら私がつるでぐるぐる巻きにして動けなくしてやるわ!」


 リリィが任せろと言わんばかりに拳を握る。


「というか、なんでオベイは俺の切り札の内容について知っていたんですかね」


「なんか君の作業室に勝手に入って見たらしいよ」


 俺にプライバシーの権利は存在しないのだろうか。

 そういえばここ地球じゃないから無かったわ。

 何はともあれ、シンラを倒すためには俺の切り札が必要な様だ。

 正直もうシンラと対面するのは懲り懲りだが仕方がない、行くとしますか。


「そういえばオベイ君、君の切り札の内容を見た後、しばらく魂が抜けたようにポカンとした後、あれはやばい……訳が分からないよとか言ってたんだけど、一体どんな内容なのさ?」


「それは使ってからのお楽しみです」


 オベイはそういうの理解するの苦手だろうな。


 ◆



「……リリィさん」


「……何だいコリン君」


「五分、止められそうですか?」


「ちょっと厳しすぎるかな……」


 シンラとオベイの身体強化に全振りした殴り合いは、一撃一撃がソニックブームを起こすレベルだった。

 リリィに防御魔法を張ってもらっていなかったら、衝撃波で吹っ飛ばされていただろう。

 呆然ぼうぜんと目の前の激闘を見ていると、俺のすぐ横をオベイの体が飛んでいく。


「くそっ、やっぱりキツイな……」


 脇腹を抑えながらその場にうずくまるオベイ。


「おい、大丈夫かオベイ!」


「あぁ、なんとかな。正攻法で奴を倒すのはやっぱり無理そうだ、コリン、アレを用意してくれ。俺が合図をしたら頼む」


「……ちゃんとあいつを倒せるんだよな」


「任せろ、俺にも切り札があるからな」


「分かった」


 俺は閉じていた機械を開く。

 準備はオーケー、あとは奴の動きを止められれば……。


「おい、何をこそこそしている木偶坊でくのぼう、目障りだ。さっさと死ね」


「しまった!」


 オベイの不意をつき、シンラが空間を入れ替え、現れる。


「まずはお前だ、ハイエルフ!」


 オベイが庇おうとするが間に合わない。

 シンラの蹴りがリリィの首元を捉え……。


「なーんてな」


 それよりも早く、リリィの体から伸びた光の刃が、シンラの足首を切り落とした。


「なんだと⁈」


 思わぬ反撃に狼狽うろたえ、シンラに隙ができる。

 その瞬間をオベイは逃さない。

 光の刃で瞬く間に両足と右腕を切断した。

 紫色のが体液が切断面から溢れてくる。

 三肢さんしを失ったシンラは、立つことさえままならず、芋虫の様に地面に這いつくばる。


 今しかない!

 俺はこっそり機械のボタンを押した。


『ターゲット周囲の時間軸への干渉を試みます……』


「貴様、何故『光の加護』が使える⁈」


「誰も命を代償にしないと使えないとは言っていないだろう」


「自動で敵意を察知し、的確に光速でカウンターをする魔法……。短時間の付与でも大量の魔力を消費するはず……だがお前の魔力はあまり減っていない、どういうことだ」


「教えてやるもんか。強いていうなら……十八年間の努力の結果だ」


「私も何度もその魔法を使おうとした、だが一度も成功する事は無かった……何故だ!何が足りない!」


 額を地面にこすり、悔しそうに地面を叩きつける。


 だがその姿からは感情がこもっていない様な……妙な違和感を感じた。


「……それはお前が『否定』したものだ」


「何?くっ、体が再生しない…⁈ 貴様! 回復魔法は消せないんじゃ無かったのか⁈」


『干渉率50%』


「お前が勝手にそう思っていただけだ。あまり得意ではないが、俺も回復魔法は使える。会話で回復魔法を発動する時間をかせごうとしているのがバレバレだったぞ、大根役者め」


「貴様……この私を愚弄ぐろうするか!」


 シンラは体をワナワナと振るわせ、オベイを睨みつける。

 だが何を思ったのかフッと笑うと、ピクリとも動かなくなった。

 そして高笑いをしながら体を発光させていく。

 それと共に、シンラの魔力が急激に膨れ上がっていく。


「私が支配できない世界など必要ない、この星ごと破壊してやろう!」


「まずいわ! 自爆魔法を使う気よ! 早く息の根を止めないと!」


「命を媒介ばいかいに発動させた魔法は自爆魔法だけではない! 同時に一時的な身体強化も施した。貴様らの攻撃が私に効くと思うなよ!」


『干渉率80%』


「これはお手上げだな……リリィ、最後くらいアレシアやナナシロと話がしたい、連れてきてくれないか?」


「……分かったわ」


 悲壮感溢れるオベイの表情が、本当に成す術がない事を物語っていた。

 リリィが避難所に向かって飛行魔法で飛んでいく。


「やっと死を覚悟したか、今度は演技じゃなさそうだ。残念だがもうすぐ爆発する、お前が妻や子供と会うことは、叶わない」


『完全干渉、成功しました。これより、ターゲット及び、ターゲットの周囲一メートルの時間軸を停止させます』


「誰がお前に自爆をさせるか、バーカ」


「な⁈」


 機械がカチリと音を立てる。

 唖然あぜんとした表情でシンラは動かなくなった。


「よし、よくやったコリン」


「おい! 止めたのはいいけど、どうするんだこれ! 効果が切れて動き出したら、俺たちみんな死ぬぞ!」


 指定した範囲の時間停止、それが俺の切り札だ。

 だがその空間は時間そのものが止まっているため、光も、粒子すらも干渉することができない。

 シンラを止めた後、動き出した瞬間に皆で魔法を叩き込む作戦だったのだが。


「この国全員が全力で魔法を一斉に叩き込んとして、コイツが死ぬ見込みはあるか?」


「無理だろうな。ただでさえ膨大な魔力を持っていたコイツが命を媒介に発動した魔法だ。隕石でも傷一つつかないだろうな」


「じゃあ俺達、もう詰んでるのか?」


「お前の準備期間は一週間も無かったが、俺はその千倍近い期間、ずっと準備していたんだ。任せてくれ」


 オベイは深呼吸をすると、目を閉じて何かに集中し始める。

 大気がきしむ様な感覚がした。

 気のせいではない、オベイの周りに電気が走り出し、大気が、地面が揺れる。

 絶え間なく溢れ出る魔力の奔流ほんりゅうがオベイを飲み込んでいく。


 この魔法はヤバいやつだと本能が告げていた。


「お前、これってまさか、お前もシンラと同じ……」


「この魔法で死にはしないよ。術式を駆使してもかなりギリギリだけどな」


 それを聞いて俺はほっと胸を撫で下ろす。

 シンラの言っていた通り、あの悲しげな表情は演技にはとても見えなかったからな。

 シンラの事を何度も出し抜いていたし、こいつ案外役者とか向いているんじゃないか?

 などと考えていると、リリィの声が遠くから聞こえてくる。


「おーいオベイ君!皆を連れてき……えぇ⁈ 何これ⁈」


 リリィがこの状況を見て驚いているが無理もない。

 体を発光させたまま固まる魔王と、ヤバそうな魔法を使おうとしているオベイの姿が見えたのだ。


「おいおい、こんなにたくさんの人を呼んでこいとは言ってないぞ?」


「ごめん、なんかみんなオベイくんに会いたいって……」


 避難所の方からゾロゾロと人が歩いてくる。

 その人数は減るどころかどんどん増えていき、しまいには、最後尾まで見えないほどの集合体になった。


「皆最後に殿下にお礼が言いたいそうですよ、あなたのおかげでこの十数年、平和に暮らせましたから。陛下達は避難所最下層に居たため、まだ到着に時間がかかると思います」


 フィグナルがそう言うと、ヴァレッタの国民が次々とオベイに感謝の言葉を投げかける。

 オベイはそれを、嬉しそうに、そしてどこか懐かしそうに聞いていた。


「ところでコリン君、なんでシンラは固まっているの?」


 ほっこりとした雰囲気を壊さない様こっそりと俺に近づき、囁(ささや)く様な声で聞いてくる。


「俺がコイツとその周囲の時間を止めました」


「え?」


 リリィと隣にいたフィグナルの体が、時が止まった様に固まる。


「これがコリンの切り札だったんだよ」


「なるほどさっぱり分からん……」


「何それ、訳が分からないよ??? そんなのもう神の領域じゃん……」


「あぁ、だからコリンは……」


 オベイは何かを言いかけた所で止めた。

 なんだろう、すごい気になる。


「とりあえずコリン、お前、もう二度と時間に干渉するような事はするな」


「お、おう、分かったよ」


 オベイの真剣な雰囲気に気圧けおされ、俺は理由も聞けずに頷いた。


「俺との約束だぞ、破るなよ」


「なんかお前、少し変だぞ?」


「やっと宿敵を倒せるんだ、嬉しくて少し舞い上がっているだけさ」


「え?」


 それを聞いていたリリィが驚きの声をあげる。


「私、もうこの星が無くなっちゃうって皆に伝えたんだけど」


「あぁ、そういえばリリィにはそう言ったな」


 オベイはハッハッハと愉快そうに笑いながら、ここにいる人間全員に聞こえる様に拡声魔法を使うと。


「皆大丈夫だ。ここにいるコリンのおかげで、この星の危機はまぬがれたぞ」


「は? いやちょっと待て、なんで俺の名前を……」


 そんな俺の声をかき消す様に、国民達の歓声が当たり一体を包んだ。


「だが見ての通り、まだ魔王は生きている。今からトドメを指すが、皆危険だから避難所に戻っていてくれ」


 それを聞いた国民達は、安堵あんどの表情に包まれながらゾロゾロと来た道を戻り始めた。


「よし、皆帰ったな。フィグナル、アレシアとナナシロを呼んできてくれ」


「かしこまりました」


 危険だとか言っておいて、家族だけで話し合いたいから人除けするために脅しただけかよ。

 やれやれ、家族愛がすごいな。

 どこか羨ましくも感じるが。


「それにしても俺の正体が国民達にバレているとはな」


「兵士達が避難所で皆に伝えていたそうよ、アシュラン王が生きていたってね」


「正確には一度死んだし、とっくに王ではないがな」


 オベイは目に溜まった嬉し涙をぬぐうと、切り替える様に頬を叩いた。


「コリン、後どれくらいでシンラは動き出しそうだ?」


「あと一分くらいだな」


「術式の構築も大体終わった。後は細かな修正をして、仕上げだな」


 再び、静電気の様なものがオベイの周りで光りだす。

 これから使われる魔法のヤバさに、リリィは一瞬で気づいた様だ。


「ねえ、大丈夫かしらこの魔法。世界の均衡を揺るがすレベルな気がするんですけど。人智を超えた、神々が使うレベルの魔法な気がするんですけど!」


 恐ろしくなったのか、半泣き状態で俺にすがりついてくるリリィ。

 リリィに縋りつかれるのはとても嬉しいのだが、リリィにそんなにおびえられると、こっちまで怖くなってくる。

 ふと、シンラの体が少しずつ動き出している事に気がついた。

 止めた時間軸が元に戻り始めている証拠だ。


「さて、そろそろだな」


 オベイはシンラに近づいていく。


 それと同時に俺の切り札が解けた。


「なっ⁈」


 オベイが突然目の前に来た事に驚くシンラ。


「なぜ今空間を入れ替えた⁈ 死を直前に頭がおかしくなったのか?」


「そんな魔法使ってないぞ。それに、俺はお前の爆発では死なないって言っただろ?」


「なんだ、俺の自爆を食らうより先に自殺でもするのか?確かにそれなら俺の爆発では死なな……⁈」


 オベイを揶揄からかっていたシンラの顔から笑みが消える。

 どうやら、オベイがこれから使う魔法のヤバさに気付いたようだ。


「ちょっと待て、貴様、何をする気だ!」


 問い掛けには答えず、オベイは無言でシンラの頭をわし掴みにすると。


「お前の存在を『否定』する」


 シンラの体が少しずつ砂の様になって空気と混ざり、溶けていく。


「貴様! 何をした! 私の体が……! こんな終わり方……! ふざけるな……!やめろぉぉぉぉ‼」


 リリィもシンラも何が起こったか分かっておらず、戸惑うばかりだった中、俺だけはオベイが何をしたか理解していた。


 俺が以前、オベイの術式の解析を手伝っていた時に思いついた机上の空論。

 魔法だけではない、この世の全ての物質は術式に書き換えることができる。

 それは勿論もちろん、知的生命体も例外ではない。

 つまり、人間を術式化して無に書き換えれば、魔法と同じくその人間は消滅する。


 その魔法は、使用されたが最後。


 あらゆる防御も回避も許されない、理不尽な死の宣告。


「じゃあな宿敵まおうよ。今度は俺の勝ちだ」


「ちくしょおぉぉぉぉ!」


 シンラの断末魔が、肉体と共に溶けて消えていった。



 ◆


「アシュラン様! お待たせしました!」


 フィグナルがナナシロとアレシアを連れて戻ってくる。


「父上……本当に父上なのですか⁈」


「あぁ、そうだ。ナナシロ、大きくなったな」


 その言葉で涙腺が限界を迎えたのか、ナナシロの目から涙がこぼれ落ちる。

 それを見たオベイは、ナナシロを優しく抱きしめた。


「アシュラン、シンラを……魔王を倒したのね」


「アレシア!」


 アレシアの声を聞いた瞬間、ナナシロを抱擁ほうようするのをやめ、アレシアの元に飛んでいった。

 あいつ、奥さんの事好き過ぎないか?

 リリィもそう思ったらしく、放置されたナナシロを見て少し同情の目を向けていた。

 リリィの視線に気づいたナナシロは、少し恥ずかしそうに後頭部をさすりながらこちらに近づいてくると。


「リリィ殿、コリン殿。この国を、この世界を救って下さった事、心より感謝します」


 深々と頭を下げ謝礼しゃれいしてきた。

 それを見てリリィが慌てながら。


「いけません! 一国の王が平民に頭を下げるなんて! それに私は何もしてないです、倒したのはオベ……アシュラン様とコリン君で!」


「リリィ殿。あなたは平民じゃなくてエルフの国の王族でしょう?」


「あ、バレてましたか、あはは」


「私、仲の良かった両親が大好きだったんです」


 ナナシロは、抱きしめ合う二人を見て嬉しそうに語り出した。


「父上が居なくなってから母上は、表面上は変わらず強く振る舞っていたものの、笑顔が消えてしまいました」


「なあアレシア、お前、俺が顔を見せた時、泣いていたよな。そんなに俺に会いたかったのか? 俺は会いたかったぞ!」


 抱きしめてちっとも離そうとしないオベイを見て、アレシアが頬を赤らめ恥ずかしそうにしながら。


「ちょっと、やめなさいよ人前で、みっともない! 見た目だけじゃなく言葉遣いも精神年齢も年相応になったのかしら!」


 そう言いながらも、アレシアはとても嬉しそうに笑っていた。

 それを見ていたフィグナルも嬉しそうに涙をぬぐっている。


「あいつはずっと奥さん一筋ひとすじでしたよ。家にも念写した写真を額縁に入れて何枚も壁に飾っていたし、ナナシロ陛下の事も超優秀な王だ~~って親バカ全開でベタ褒めしていましたよ」


「そうですか、父上らしいです」


 未だにアレシアを抱きしめ続ける父親の姿を見て、また涙腺がゆるくなったのか、上を向くナナシロ。

 やがて満足したのか、オベイは、アレシアを抱きしめていた手をほどくと、こちらに歩いてきた。


 俺はオベイの表情に違和感を感じる。

 満面の笑みをしながらも、何が名残惜なごりおしさを感じさせる表情。

 妙な胸騒ぎがした。


「フィグナルと……ライドルはいるか?」


「はい! こちらに!」


 遠くで静観していたライドルが駆け寄り、フィグナルの隣に並ぶ。


「お前達の助けが無かったらシンラは倒せなかった。転生してから今まで、世話になったな」


「ありがたきお言葉……!」


「私はこの国の将軍になった時、この命、殿下のために使おうと誓いました。お役に立てて本望です」


 この二人は、俺がこの世界に来るまでの間、転生したオベイの正体を知る数少ない人間だったのだ。

 おそらく、住む場所や金銭もこの二人が用意してくれたのだろう。

 そんな金をエルフの店で豪遊するのに使ってしまってごめんなさい。


「リリィ、コリン。二人をこの戦いに巻き込んだ事、申し訳ないと思っている。だが二人が居なかったら勝てなかった。感謝している。コリン、約束通りお前は生涯しょうがい遊んで暮らすと良い。金ならいくらでもナナシロから強請ねだれ。だが俺との約束は絶対忘れるなよ?」


 え、なんだよその言い方……まるで……。


「アレシア、ナナシロ。会えて良かった」


「ちょっと待ちなさいアシュラン! さっきからどうしたの? まるでまた私達の前から居なくなってしまう様な……」


 アレシアが少し焦りながら指摘する。


「本当はもっと話していたかったんだけどな。そろそろお迎えが来た様だ」


「ねえ、また昔みたいに私を騙して揶揄からかおうとしてるんでしょ? そうなのよね?」


「どういうことですか、父上……」


 楽しげなムードから一転、突如張り詰めた空気になり、誰もが動揺を隠せない中、オベイが悲しげな表情で口を開いた。


「もともとコリンから聞いていた話を元に、仮説を立てていたんだがな。悲しいことに正しかったらしい。俺は転生した時に意図せず神の領域に足を踏み込んだ事があるから分かるんだ」


「どういうことですか父上、言っている意味が全く分かりません」


「コリン、お前ならわかるだろ? この妙な胸騒ぎの原因が」


 勘違いでは無かった様だ。

 この妙な胸騒ぎ、どこかで感じた事があると思ったが、完全に思い出した。


 ゼウスと対面した時のものと同じだ。

 もしかして奴が近くにきているのか? だとしたら何故?


「アレシア、ナナシロ、聞いてくれ」


「いやよ! 聞きたく無いわ! 言うなら後であなたの部屋で聞くから! あなたが居なくなってからも、毎日城のメイドが掃除してくれているの。ちゃんと綺麗なままよ! だから……部屋で……ゆっくりと……」


 耳を塞ぎ、首を横に振りながら涙を流し、嗚咽おえつするアレシア。

 その姿を見て、唇を噛み締めながらも、オベイは話すのを止めない。

 俺達は、訳も分からず固唾かたずを飲んで、黙って聴いていることしかできなかった。


「たとえ俺がこれから、記憶を失っても、宇宙の遥か彼方に飛ばされたとしても……」


 どんなことがあっても決して折れずに立ち向かっていた俺の唯一ゆいいつの親友は。

 これから来るであろう絶望に対し、満面の笑みを浮かべ、強く、高らかに宣言した。


「『ずっとお前達を愛している!』」


 その言葉と共鳴きょうめいするように、オベイの魔力が膨れ上がるのを感じる。


 次の瞬間、天が割れる轟音ごうおんと共に、カミナリがオベイの体を蒸発させた。

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