第6幕 決戦の時
「タイタン大森林が突破された様だ。もうじき敵軍がこの国に到着する」
タイタン大森林は、オベイと住んでいた家があった所だ。
もう少しで本格的な戦争が始まる、そしてあの化け物と戦うことになる。
分かっていた筈なのに、体の震えが止まらない。
「コリン君大丈夫? 顔色悪いし少し休んだら? 君、ここ数日全然寝てないでしょ」
「色々作業で忙しくて。それに、やっぱり戦争となると怖くて……」
「戦争が怖くない奴なんてほとんどいないさ。時間になったら起こしてやる。『スリープ』」
◇
目にクマを浮かべ、血色の悪い顔で震えるコリンに、眠気を誘う魔法を放った。 一瞬でコリンの体が崩れ落ちる。
よっぽど疲れていた様だ、無理もない。
「コリン君、シンラ相手に対抗できる物を作ろうと、試行錯誤していたわ」
ああ、知ってる。
「なんでシンラの事、彼に教えなかったの?」
「……正直、巻き込みたくなかったからな」
「今からでも避難所に連れていく?」
「いや、こいつは間違いなく切り札になる。実はな……」
涎を垂れ、無防備に寝ているコリンを見て思う。
お前は俺に恩があると思っているだろうが、それはお互い様なんだ。
巻き込んでしまって済まない。
必ず勝ってみせる。
俺が人生で唯一愛したあいつらのために。
そして、唯一できた親友のために。
◆
「射程距離範囲内にシンラが入りました!」
一人の兵士がスコープを覗きながら報告する。
「よし! 予定通り全員、シンラを狙え!」
一般兵に指示を下しながら、フィグナルもスコープを覗いた。
この武器の存在を気づかれたら、シンラなら簡単に対処できてしまうだろう。
初見殺しの一発、これで決まってくれと、この場にいる誰もが思いながら引き金に手をかけた。
無数の銃口がシンラを捕らえる。
「発射!」
フィグナルの合図で、全ての対物ライフルが火を噴く。
「生死確認はしなくていい! 弾が無くなるまで打て!」
反動をものともせず、ライフルを連射する兵士たち。
ここまでくるともはや
「……シンラの奴、どこに行った?」
オベイの目に
おそらく、遠くを見る魔法でも使っているのだろう。
「うわぁ、なかなか
リリィも目に幾何学模様を浮かべて戦況を覗いている。
俺も見てみたいが、耐性がない俺が見たらSAN値が減りそうなのでやめておこう。
「シンラ・ゾディアック、現れました! 空からです! 飛行魔法でコチラに急接近中! 武器によるダメージはない様子!」
「やはり通用しなかったか、
「フィグナル、お前はたった十八年間で私の脅威を忘れてしまったのか?」
「「「⁈」」」
恐怖心を刺激するような、冷たく野太い声が騒がしい戦場に広がっていく。
辺りにいた兵士が一斉に声の主の方へ振り向き、
そこには、いつの間にか城壁を乗り越え、蒼白になっていく兵士たちを見て不敵な笑みを浮かべるシンラが立っていた。
「お前達に生き残るチャンスをやろう。王族の首を差し出し、地に
「お前! どうやって入ってきた!」
フィグナルがシンラに剣を突き付ける。
シンラはそれをあっさりと
「ふん、あの男の居ないこの国などもう終わりだ。俺を止められる奴は何処にもいない」
シンラを中心に突風が巻き起こる。
兵士たちは一人残さず吹き飛ばされ、防具が砕ける勢いで城壁にめり込み、動かなくなる。
「ふはははは、どうだアシュラン。あの世から見ているか? お前が命を賭けて守った国が、国民達が、俺に
「これ以上この国の兵士を
威厳のある、凛とした声が戦場に響く。
待ちわびていた様子で声の主を見るシンラ。
視線の先には、静かにシンラを睨みつけている王太后と国王がいた。
「来たか。護衛の兵士すらいないとは、潔く首を差し出す気になったのか?」
「……私と息子が首を差し出したら、この国の民には手を出さないでくれるのかい?」
冷たい声色の奥底に、明確な敵意が込められている。
そんなアレシアに全く怯まず、それどころか鼻で笑いながら。
「ああ、約束しよう」
誰が見ても嘘だとわかる態度で、シンラは吐き捨てる様に言った。
「ナナシロ陛下、アレシア殿下、お逃げください! シンラ、動くな!」
満身創痍のフィグナルが二人をかばうように前に出て、何かの魔法を発動させた。
シンラの足元が地面にめり込む。
「ほう、無詠唱でこれほどの重力魔法を発動させるとは。前の私なら少し足止めできていたかもな。しかし今の私には効かない」
シンラは重力をものともせずに抜け出すと、フィグナルを再度蹴り飛ばす。
そして次の瞬間、ナナシロとアレシアの目の前にシンラが現れた。
「あいつ、空間転移まで使いこなせるようになったのか!」
今まで静観していたオベイが、驚いた様子で口を開く。
要するにテレポートだろ?
割と簡単に出来そうな気がするのだが。
「リリィさん、空間転移ってそんなに難しい魔法なんですか?」
「ええ、魔法を発動する際、自分の臓物だけ転移させてしまったり、身体の一部が欠損したりと、イメージが難しくてリスクが大きい魔法なの」
何それ超怖い。
「はあ、私の出番もそろそろ来そうね。……コリン君、やっぱりあなたは避難所に行くのをお勧めするわ。セラフィがいるはずよ、あの子もそれなりの年月を過ごしたエルフ、結構強いからあなたを守ってくれるわ」
「ちょっと待ってくれ! あのシンラを倒すためにここにきたんです、俺も連れて行ってください!」
「……一応聞いておくけど、死ぬかもしれないわよ?」
「覚悟はできています。いざとなったらリリィさんを庇って死ぬのも本望です。なんなら人型の肉盾だと思ってもらって結構です」
俺は真剣な眼差しで訴える。
「う、うんわかった、でも死んじゃったら私も悲しいから、あまり無理はしないでね?」
「善処します」
リリィが少し引いている気がするが、多分気のせいだろう。
◆
二人を守るために囲んでいた兵を一瞬で蹴散らすシンラ。
「やれやれ、アシュランがいないと
「母上、お下がりください!」
ナナシロは剣を抜き、アレシアを庇(かば)う様に前に出る。
「私と戦う気かい? 奴の血を引いているとはいえ、お前は奴の足元にも及ばない」
「黙れ外道! 貴様如きが父上を語るな!」
ナナシロが剣を振り下ろすが、シンラはそれを軽々と交わし、腹に掌底を叩き込んだ。
「ぐはっ……なめるなぁぁぁぁ!」
「ほう、耐えるか。フィグナルよりは硬いな」
小堤の痛みを耐えながら、ナナシロが大きく剣を振り回す。
それを避けるため、シンラは一度距離をとった。
間髪入れず、ナナシロは剣の
シンラの後ろに回り込んだナナシロは、そのまま両手をシンラの背中に当て、魔法を唱えた。
「『
人体を切り裂く無数の風の刃が、渦巻き状となってシンラを襲う。
シンラの体は回転しながら、宙に打ち上げられた。
「もう昔の様な足手まといでは無いぞ!」
「ふむ、なかなかの腕前、だがやはり奴には遠く及ばない」
吹き飛ばされたシンラは何事もなかったかのように風の壁を抜け出した。
切り傷だらけだったシンラだが、あっという間に肉体が治っていく。
シンラは
「なめるんじゃないよ、なんで私達がここにいるか分かるかい? あんたを倒すためさ!」
アリシアは無数の光の弾を作り出すと、シンラに向けて放つ。
放たれた側から新しい光の弾が生成され、即座に発射される……が。
それを喰らっても、シンラは余裕の表情で平然と立っていた。
「ほう、光の汎用魔法、『光弾』か。亡き夫の
急にアレシアの動きが止まる。
「くっ! 動け……ないっ!」
「そんなに夫のことが忘れられないか? 愛だの、護りたい存在だの、馬鹿馬鹿しい! それが無ければ、奴はあんな馬鹿な死に方はしなかったのだ! そんなものは、己を弱くするだけだ!」
隣にいるナナシロも動けず、ただシンラを睨みつけるばかり。
おそらく金縛りの魔法をかけられているのだろう。
「この国はもう終わりだ。また何の役にも立てなかったと、父親にあの世で泣きつくがいい!」
「待ちなさい! やるなら私からにしなさい!」
「はっはっは! 夫だけでなく、息子さえも失ったお前の表情を見るのもまた愉快そうだ!」
シンラは先程のアレシアの何倍もの数の『光弾』を作り出す。
「奴の
「おいおい、これまずいんじゃないのか?」
物陰で事の成り行きを見ていたが、このままだとナナシロもアレシアも殺されてしまいそうだ。
「待て、まだお前が出る時じゃない。お前、この状況を打開できるのか?」
「……ちょっと厳しすぎるな」
「なら今行っても無駄死にするだけだ。俺の合図を待て」
◇
「全く、これほど歯応えがないとは」
私はあまり呆気無さに、ため息を吐いた。
蹂躙するのが好きな私だが、心のどこかで強敵との戦いを期待していたのかもしれない。
目の前で無様に縛り付けられている、亡き強敵の息子をみて、失望のあまりもう一度大きくため息を吐く。
「自爆魔法で一人ずつ私に特攻していれば、私に一矢報いることができたかもしれないな」
「我が国はガーナピットの様に人の命を粗末に扱ったりなどしない。そんな手段をとるくらいなら滅んだ方がマシだ」
「ふん、綺麗事を。結局滅ぶのだから変わらないだろう。さて、無駄話が過ぎたな。そろそろ終わりにしよう」
「黙って聞いていれば、もう勝った気でいるんだな」
気配が一切しなかった。
この私に全く気配を察知されることなく。
まるで空気の流れと同化しているかのように、一人の男が近づいてきていた。
さすがの私も、思わず動揺を隠せない。
「……誰だ貴様は?」
「き、君は闘技場にいた……」
フードを深く被り、顔は口元以外見えない。
若い戦士にも、歴戦の戦士にも見える不思議な
「馬鹿な王を
コイツ、さては気づいているのか?
「……何者だ」
「さあな」
「ふん、こいつらを殺したら次はお前だ」
「貴様! まさか…!」
「ガーナピットはすでに魔の手に侵食されていたのね、愚かな……」
今の一言で私の正体がばれてしまったらしい。
さすが王族、察しはいいな。
「ふん、バレてしまったかだが問題ない。ここにいる者は皆、殺すからな」
こいつらはあえて『光弾』で殺すとしよう。
自分の夫の得意魔法で民が殺されていくのはさぞ屈辱的だろう。
期待を裏切ったこいつらが悪いのだ。
まずは精神から少しずつなぶり殺しに殺してやる。
無数の『光弾』で兵士たちの体を貫こうとしたその時。
◇
それよりも速く、オベイの放った『光弾』が、シンラの肩を貫いた。
「「「⁈」」」
シンラだけでなく、アレシアとナナシロも
「よし、先ほど指示した通り、守護班は陛下達をお連れして今すぐこの場を離れろ!迎撃班は残りのガーナピット兵を
倒れていた兵達が次々と起き上がる。
どうやら皆、タイミングを見計らって気絶しているふりをしていたようだ。
まるでオベイがこの瞬間助けに来ることを知っていたかの様に。
「さあナナシロ陛下、アレシア殿下! 急いで此方へ!」
「ちょっと待ってくれ、
ナナシロがオベイに問いかける。
だが、オベイはその質問には答えない
貫かれた肩の傷を治しながら、シンラがオベイを睨みつける。
そして、オベイがフードを脱ぎ捨てた。
「な、なんで……その姿……」
その姿を見たアレシアの眼から、涙が溢れ出す。
「久しぶりだなアレシア。積もる話は後だ、まずはコイツを倒す」
「えぇっ⁈ どうしたんですか母上⁈ あの青年は一体……以前見た姿と違いますが」
泣き出した母親を見てナナシロが
泣き出した母親を心配するというよりかは、この人って泣くんだ⁈ と驚いている表情だ。
「アシュラン……」
「「ええええぇ⁈」」
ナナシロとシンラの声が見事にハモった。
「貴様、本当にアシュラン?! アシュランなのか! 何故生きている!」
「父上⁈ 僕より若いですよ⁈ 母上の見間違いでは……」
面白いほど動揺する二人。
その様子を見ながら、俺の中で、全ての違和感の辻褄が合った。
何故身分を隠して生きていたのか。
何故そんなにも強いのか。
人を見る目に長けているのか。
同年代なのに異様に達観しているのか。
ヴァレッタが異常なまでに大好きなのか。
フィグナルやライドルといった、謎の繋がりがあるのか。
十八歳のお前が、十八年前の事を昨日のように覚えているのか。
帝王学の知識があるのか。
そして、この国の王、王太后が大好きなのか。
「俺は……転生者だ」
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