太陽の塔と小さな魔女

神埼 和人

太陽の塔と小さな魔女

「影がない!」


 はじめに気づいたのは鍛冶屋かじやの親父さんでした。鍛冶見習いの少年、ニムがふいごを動かす手をとめてふりかえります。

 親父さんは自分とニムの足元を指差しました。二人とも、たしかに影がありません。


 ニムがあわてて外へ出てみると、村のみんなも影をなくして途方とほうに暮れています。

 首をかしげるニムに親父さんはふるえる声で言いました。


魔女まじょだ……魔女ののろいだ」


 すると、大きな声が空から聞こえました。


「私はコワーイコワイ、塔の魔女。影をかえして欲しかったら塔までとりかえしにおいで……」




 村のちかくには昔から太陽の塔とよばれる魔女の住む塔がありました。

 ニムは影をかえしてもらうため勇気をだして塔にむかいます。

 塔は岩よりも固い壁と数えきれないほどの窓でできていて、てっぺんは雲の中にかくれて見えませんでした。


「こんにちはー」


 おそるおそる小声であいさつをしながら、ニムは入り口の扉をたたきます。するとギーッと音をたてて扉が開きました。


「イイッ……イラッシャイマセ」


 それはブリキで出来た四本腕のロボットでした。背丈はニムの三倍はあり、カタカタと音を立てつづける下あごが少し不気味です。


「あのー魔女さんに影をかえしてもらいに……」

「魔女? ゴ主人様ニ向カッテ魔女トハ、ナント失礼ナ子供ダ! ウガガガガッ!」


 そういうと突然ロボットは怒りだし、ニムにつかみかかってくるではありませんか。

 空高く持ち上げられるニム。もうだめだ、そう思った瞬間、ロボットの動きが止まりました。


「やめなさい、アーモンド!」


 ロボットが自分の手で頭をぎりぎりと横にまわすと、そこに今までとは別な顔があらわれました。

 にっこりとわらったやさしい女性の顔です。


「なんだよショコラ、いいところだったのに……。ちぇっ」


 ロボットの頭の後ろから、さも残念そうに舌打ちをする声が聞こえました。

 おもしろいことにロボットは前から見ると男性、後ろから見ると女性の形をしています。


「ごめんなさい僕。アーモンドったらいたずらで」


 ショコラがそう言うとごめん、ごめんと笑う声が聞こえます。ニムは一安心してショコラに自分が塔にきた理由を話しました。


「あの子、そんなことを! まったくとっちめてやらなくちゃ!」



 

 ロボットは塔の中を魔女の部屋まで案内してくれました。

 複雑ふくざつに折れ曲がった階段を登ったりくだったりしながら、いくつもの部屋をとおりすぎてロボットとニムは一つの扉にたどりつきます。

 ショコラは入るわよ、と一声かけて部屋の扉を開きました。


「くっーちまうぞー!」


 突然、わし鼻で髪をふりみだした巨大な魔女の顔が扉のむこうからあらわれました。

 ニムは驚いて声もでません。

 だけどショコラは少しも驚かずこう言いました。


「メディあなた、またやったのね?」


 すると、ボワンッと音がして魔女が白いけむりに包まれていなくなり、かわりに小さくてかわいらしい女の子があらわれました。

 女の子の後ろには、丸いかごにつるされて苦しそうに助けを求める村人たちの影もいます。


「だったらなぁに!」


 女の子は不似合ふにあいなくらい大きなとんがり帽子をかぶっているため、顔が半分隠れてしまっています。

 それを手にもった大きな杖で押し上げながら、ほおをぷぅっとふくらませて怒った顔をのぞかせます。


「だったら何じゃないでしょう。なんで影をとったりしたの! 魔法まほうをそんなことに使っちゃいけないってあれほど……」

「うるさいわね! だったらショコラの影もとっちゃうんだから。えい!」


 女の子が杖をふるとロボットは突然その場にたおれ、かわりに黒い大きな影がぬうーっと立ちあがりました。その影の足元でピラピラのペシャンコになったロボットがのびたり、ねじれたり、ちぢんだり。


「うわー! いたい、いたいよ!」

「メディ! あなた何をしたの?」


 アーモンドとショコラが苦しそうに叫びます。


「影と体がひっくりかえっちゃった……違う! 知らない! 私こんな魔法かけてない!」


 えーん、ついにはメディも泣きだしてしまいました。

 ふと、ニムは窓から空を見上げます。


「待っててメディ! 僕にいい考えがあるよ」


 そういうとニムは窓から塔の外へでて、塔の壁を登りはじめました。何度も何度も足をすべらせながら、それでも必死に登っていきます。

 やがて塔のてっぺんにたどりつきました。そこはもうお月様と同じ高さです。


 ニムはお月様にお願いをしました。


「おやすいごようさニム。それに太陽のやつは前から大嫌いだったんだ。あーはっはっ!」


 月は大きな声で笑いながらすーっと太陽に重なりました。

 するとどうでしょう。


 辺りはたちまちまっくらになり、ロボットの影は消えてしまいました。

 ニムが降りていくとロボットはもう元通り元気になっています。いつの間にかニムの影も、かえってきていました。


 そう、魔法がとけたのです。




「さぁメディ。おせっきょうをはじめるわよ!」


 元気になったショコラの横でメディはしゃがみ込み、また、しくしくと泣き出してしまいました。


「だって、誰も塔に遊びにきてくれないんだもん。お母さんがいなくなって、ずっと一人きりで……さみしくって……」


 はじめは怒っていたショコラとアーモンドもどうしたものか困り顔。

 そのとき、ニムがメディにそっと手を差しだしました。


「一人じゃないよ。僕がいる。ショコラとアーモンドも」


 メディはニムの手をとって立ちあがり、涙をふきながらにっこりと微笑ほほえみます。そして肩ごしにふりかえると、ロボットに向かってべぇーっと舌をだしました。


「ちぇっ、なんだいあいつばっかり……」


 それを見たアーモンドがぼやきます。

 あの子には人間の友達が必要なのよ、ショコラはそう心の中でつぶやきました。


 メディはそれからも毎日いたずらばかりでショコラにしかられっぱなし。

 でもニムが遊びにくる今日は、なんだかうれしそうです。

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