第20回 武士
『転生武士、異世界で剣を振るう』
高橋源太郎は、生まれた時から武士の末裔であることを誇りに思っていた。彼の家系は戦国時代から続く由緒正しい武家で、源太郎は幼い頃から剣道を学び、武士道精神を叩き込まれて育った。しかし、現代社会において、そんな生き方は時代遅れだと周囲から冷ややかな目で見られることも多かった。
それでも源太郎は、日々の鍛錬を欠かさず、大学でも剣道部のエースとして活躍していた。卒業後は家業を継ぐべく、古美術商として働きながら、武士の精神を忘れずにいた。
ある日、源太郎は仕事で訪れた骨董品店で、不思議な刀を見つけた。鞘には複雑な紋様が刻まれ、柄には見たこともない宝石がはめ込まれていた。店主によると、その刀には「異界の扉を開く力がある」という伝説があるという。
半信半疑ながらも、武具に目がない源太郎はその刀を購入した。その夜、自宅で刀を手入れしていると、突然、刀から眩い光が放たれた。驚いて目を閉じた源太郎が、再び目を開けたとき、そこはもう彼の知る世界ではなかった。
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの草原。遠くには険しい山々が連なり、空には見たこともない色の雲が浮かんでいた。源太郎は混乱しながらも、すぐに状況を把握しようと周囲を観察した。
「ここは...異世界なのか?」
呟きながら立ち上がった源太郎の手には、あの不思議な刀がしっかりと握られていた。どうやら、伝説は本当だったようだ。
しばらく歩いていると、遠くから人の気配を感じた。警戒しながら近づいてみると、そこには一人の少女が倒れていた。血まみれの服と、傍らに転がる折れた剣。明らかに襲撃を受けたようだった。
源太郎は躊躇することなく少女に駆け寄った。幸い、まだ息はあるようだ。応急処置を施しながら、源太郎は周囲に気を配った。襲撃者がまだ近くにいる可能性があるからだ。
そのとき、森の中から数人の男たちが現れた。粗末な武器を手にし、目つきの悪い連中だ。どうやら、この少女を襲った山賊たちのようだった。
「おい、そこの変な格好のヤツ!そいつは俺たちの獲物だ。さっさと手を離せ!」
源太郎は少女を守るように立ち上がり、刀を構えた。
「卑怯者どもめ。一人の少女を襲うとは武士の風上にも置けぬ行為だ。このまま立ち去れば命だけは助けてやろう」
山賊たちは源太郎の言葉に一瞬怯んだが、すぐに笑い出した。
「武士だと?ここじゃそんなもの通用しねえよ。さあ、おとなしく獲物を渡せ。でないと、お前も道連れだ」
源太郎は冷静に状況を分析した。相手は5人。武器こそ粗末だが、数で勝っている。しかし、彼らの動きを見る限り、真の戦士ではない。隙だらけだ。
「では、覚悟はよいか」
源太郎は刀を鞘から抜いた。その瞬間、刀身が青白い光を放った。山賊たちは驚いて後ずさりしたが、すぐに態勢を立て直し、一斉に襲いかかってきた。
源太郎は冷静に対応した。最初の攻撃をかわし、相手の動きを見切る。そして、一瞬の隙を突いて反撃に出る。刀は風を切り、まるで意思を持っているかのように源太郎の動きに呼応した。
あっという間に2人の山賊が倒れた。残りの3人は恐怖に震えながらも、なおも戦いを続けようとする。
「貴様ら、まだ引き下がらぬか」
源太郎の声に、山賊たちはようやく観念したようだった。
「も、もう襲いません!許してください!」
3人は武器を捨て、森の中へと逃げ去っていった。
戦いが終わり、源太郎は倒れた少女のもとに戻った。少女はまだ意識を失ったままだ。応急処置は施したものの、早急に本格的な治療が必要だろう。
源太郎は少女を抱き上げ、人里を探すことにした。この異世界のことは何も分からないが、とにかく少女を助けなければならない。それが武士としての務めだと信じていた。
歩き始めて間もなく、遠くに小さな村らしきものが見えてきた。源太郎は安堵のため息をつきながら、足を速めた。
村に到着すると、住民たちは源太郎の姿に驚いた様子だった。確かに、スーツを着た日本人の姿は、この世界では奇異に映るだろう。しかし、怪我をした少女を抱えているのを見て、すぐに助けの手を差し伸べてくれた。
「こちらへ!すぐに治療師を呼びます!」
村人の一人が声をかけ、近くの建物へと案内してくれた。そこは簡素な診療所のようだった。すぐに年配の女性が現れ、手際よく少女の治療を始めた。
源太郎は安心して少女を任せ、外で待つことにした。村の広場に腰を下ろし、ようやく自分の状況を落ち着いて考える時間ができた。
「まさか本当に異世界に来てしまうとは...」
呟きながら、源太郎は自分の持ち物を確認した。スマートフォンは圏外で使えない。財布の中の日本円も、ここでは紙切れ同然だろう。唯一の頼りは、この不思議な刀だけだ。
しばらくすると、診療所から治療師が出てきた。
「お嬢さんの容態は安定しました。あなたの応急処置が適切だったおかげで、大事には至りませんでした」
源太郎はほっとした表情を浮かべた。
「ありがとうございます。彼女が目を覚ましたら、話を聞きたいのですが...」
「はい、もう少しすれば意識が戻るでしょう。それまでゆっくりお待ちください」
治療師が去った後、村の長老らしき人物が源太郎に近づいてきた。
「よくぞ我が村にエルフを連れてきてくれました。あなたは一体何者なのでしょうか?」
「エルフ、ですか?」
源太郎は驚いて聞き返した。確かに、あの少女には人間離れした美しさがあった。しかし、まさかエルフとは...。
「はい、あの娘はエルフの王女、リリアナ様です。彼女が行方不明になっていることは、王国中に知れ渡っていました」
長老の説明に、源太郎は状況の重大さを理解し始めた。どうやら、自分は単なる異世界転生者というだけでなく、重要な人物を救ったようだ。
「私は...日本から来た武士です。高橋源太郎と申します」
長老は首をかしげた。
「にほん?ぶし?聞いたことのない言葉ですね。しかし、あなたが勇敢な戦士であることは間違いありません。リリアナ様を救ったのですから」
その時、診療所から少女...いや、エルフの王女リリアナが出てきた。まだ少し足取りがおぼつかない様子だったが、源太郎を見るとにっこりと微笑んだ。
「あなたが私を救ってくれたのですね。本当にありがとうございます」
リリアナの声は、まるで小川のせせらぎのように澄んでいた。源太郎は思わず見とれてしまったが、すぐに我に返った。
「いえ、当然のことをしただけです。お怪我の具合はいかがですか?」
「はい、もうだいぶ良くなりました。あなたの応急処置のおかげです」
リリアナは源太郎の手を取り、感謝の意を示した。その瞬間、源太郎の持つ刀が再び青白い光を放った。
「この刀は...」リリアナは驚いた様子で刀を見つめた。「まさか、伝説の『異界の剣』ではありませんか?」
源太郎は困惑した表情を浮かべた。
「異界の剣?確かにこの刀のおかげで私はこの世界に来ることができましたが...」
リリアナは興奮した様子で説明を始めた。
「その剣は、かつて異世界から来た英雄が振るっていたと言われています。世界の危機に際して現れ、我々を救ってくれるのだと...」
源太郎は事態の重大さに圧倒されそうになった。自分が単なる異世界転生者ではなく、何か大きな運命に巻き込まれているような気がしてきた。
「リリアナ様、私にはまだこの世界のことがよく分かりません。なぜあなたが襲われていたのか、そしてこの世界が何か危機に瀕しているのかも知りません」
リリアナは深刻な表情で頷いた。
「ええ、詳しく説明しなければなりませんね。実は今、我々の世界は大きな危機に直面しているのです」
源太郎は緊張しながらも、覚悟を決めた様子でリリアナの話に耳を傾けた。これから彼が経験することになる冒険が、想像を遥かに超えるものになることを、まだ知る由もなかった。
源太郎は、異世界に来てから半年が経過していた。リリアナとともに旅を続け、この世界の危機の真相を知り、その解決に向けて奔走してきた。
魔王軍の侵攻、エルフ王国の内乱、そして古代の封印された魔法の解放。様々な困難を乗り越え、源太郎は異界の剣の力を使いこなせるようになっていた。
そして今、彼らは最後の決戦の地に立っていた。魔王城の前で、リリアナをはじめとする仲間たちと共に、最後の作戦を確認していた。
「源太郎、本当にこれでいいの?」リリアナが不安そうに尋ねた。
源太郎は静かに頷いた。「ああ、これしかない。俺が魔王を倒す。お前たちは魔王の側近たちを抑えてくれ」
作戦は単純だった。源太郎が異界の剣の力を使って魔王城の結界を破り、直接魔王と対決する。他のメンバーは魔王の側近たちと戦い、源太郎の邪魔をさせないようにする。
「行くぞ!」源太郎の号令と共に、一行は魔王城に突入した。
城内は想像以上に複雑で、罠も数多く仕掛けられていた。しかし、これまでの経験を生かし、一行はそれらを巧みにかわしていった。
途中、魔王の側近たちが現れたが、仲間たちが彼らを食い止めてくれた。
「源太郎、先に行け!」戦士のガルドが叫ぶ。
「俺たちが何としてでも食い止めるから!」魔法使いのミラも声を張り上げた。
源太郎は仲間たちに感謝の眼差しを向け、さらに奥へと進んだ。
そして、ついに魔王の間に到達した。巨大な扉を開けると、そこには漆黒の鎧に身を包んだ魔王が座していた。
「よくぞここまで来たな、異界の剣の使い手よ」魔王の声が響き渡る。
源太郎は刀を構えながら答えた。「お前の野望はここで終わりだ。この世界の平和を守るため、俺が倒す!」
魔王は立ち上がり、巨大な剣を抜いた。「では、勝負だ!」
激しい剣戟が始まった。魔王の力は圧倒的で、源太郎は何度も危機に陥った。しかし、彼の武士としての精神と、異界の剣の力が、徐々に魔王を追い詰めていく。
戦いは一進一退。部屋中の柱が折れ、床に亀裂が入るほどの激戦だった。
そのとき、魔王が卑劣な手を使った。背後の壁に仕掛けられていた罠を起動させ、大量の矢が源太郎に向かって放たれたのだ。
「源太郎!」
リリアナの声が聞こえた。彼女が魔王の間に駆け込んできたのだ。瞬時に判断し、リリアナの前に立ちはだかる源太郎。
矢の雨が彼の背中を襲う。
「くっ...」
痛みに耐えながらも、源太郎は刀を構え直した。
「源太郎...どうして...」リリアナが涙ながらに問う。
「俺は...武士だ。大切な者を守るのは当然のことさ」
その言葉に、異界の剣が強く輝いた。
魔王は焦りの色を隠せない。「なぜだ...なぜ力が衰えない!」
源太郎は静かに答えた。「これが武士道...仁、義、礼、智、信、そして忠義と誠の心だ」
異界の剣の輝きは、源太郎の体を包み込むほどになっていた。
「行くぞ、魔王!」
源太郎の一閃が、魔王の防御を完全に打ち破った。魔王の鎧が砕け散り、その姿が消えていく。
「まさか...人の心に宿る力が、我を倒すとは...」
それが、魔王の最後の言葉となった。
魔王の消滅と共に、城全体が揺れ始めた。崩壊が始まったのだ。
「急いで逃げるぞ!」
源太郎はリリアナの手を取り、急いで城を後にした。途中、戦いを終えた仲間たちと合流し、全員で脱出に成功した。
城が完全に崩れ落ちるのを、丘の上から見守る一行。
それは、長く続いた戦いの終わりを告げるものだった。
数日後、エルフの王都にて。
源太郎たちの武勇を称える祝宴が開かれていた。エルフの王がリリアナを抱きしめ、そして源太郎に深々と頭を下げる。
「我が国を、いや、この世界を救ってくれて本当にありがとう」
源太郎は恐縮しながらも、毅然とした態度で答えた。
「いえ、これも武士としての務めを果たしただけです」
宴もたけなわ、源太郎は一人、王宮のバルコニーで夜空を見上げていた。
「ここにいるのか、源太郎」
振り返ると、そこにリリアナの姿があった。
「ああ、ちょっと星を見ていてな」
リリアナは源太郎の隣に立ち、共に夜空を仰いだ。
「源太郎...あなたはこれからどうするの?」
その問いに、源太郎は少し考え込んだ。
「正直、まだ分からない。もともと俺はこの世界の人間じゃない。いずれは自分の世界に戻らなければならないのかもしれない」
リリアナは悲しそうな顔をした。
「そう...でも、あなたはもうこの世界の英雄よ。みんなはあなたが残ってくれることを望んでいるわ」
源太郎は苦笑した。「英雄か...俺はただの武士だよ。でも、確かにこの世界にも愛着が湧いてきた。簡単には決められそうにないな」
そのとき、源太郎の腰に下げられた異界の剣が、かすかに輝いた。
「この剣か...」
源太郎は剣を抜き、その刀身を見つめた。
「もしかしたら、この剣に答えがあるのかもしれない。俺がこの世界に来た理由も、これからどうすべきかも」
リリアナは源太郎の手を取った。
「一緒に探していきましょう、その答えを」
源太郎は頷き、再び夜空を見上げた。
異世界に来てから数々の困難を乗り越え、今や英雄と呼ばれる身となった。しかし、源太郎の心の中では、常に武士としての誇りが息づいていた。
「俺は武士だ。どんな世界であっても、その魂は変わらない」
その言葉と共に、異界の剣が再び輝きを放った。それは、源太郎の新たな冒険の始まりを告げているかのようだった。
はるか彼方の空に、流れ星が一筋、煌めいた。
それは、源太郎の故郷である日本から、彼の武士としての生き様を見守っているかのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます