第18回 境界線上
『境界線上の魔法使い』
レイナの指先から紫色の火花が飛び散った。彼女は息を呑み、慌てて手を振って火花を消そうとした。しかし、火花は消えるどころか、むしろ勢いを増して彼女の周りを舞い始めた。
「やめて!消えて!」レイナは必死に叫んだが、火花は彼女の意志とは無関係に、まるで生き物のように動き回っていた。
突然、火花が一箇所に集中し始め、レイナの目の前で小さな渦を形成した。渦は徐々に大きくなり、やがて人が通れるほどの大きさになった。
「これは...門?」レイナは困惑しながらも、好奇心に駆られて渦に近づいた。
その瞬間、強い引力を感じた。レイナは抵抗しようとしたが、あっという間に渦に吸い込まれてしまった。
目が覚めると、レイナは見知らぬ場所にいた。周りを見回すと、そこは広大な草原だった。遠くには見たこともない形の山々が連なり、空には二つの月が浮かんでいた。
「ここは...どこ?」レイナは呟いた。
突然、背後から声がした。
「よく来たな、境界線上の者よ。」
振り返ると、そこには長い白髪と白い髭を蓄えた老人が立っていた。老人は杖を持ち、青い目でレイナをじっと見つめていた。
「私は...境界線上の者?それはどういう意味ですか?」レイナは混乱しながら尋ねた。
老人は微笑んで答えた。「お前は二つの世界の境界線上に立つ者だ。魔法の才能を持ちながら、その力を制御できない。そんなお前を、我々は長い間待っていたのだ。」
レイナは老人の言葉を理解しようとしたが、頭の中は混乱でいっぱいだった。「待っていた?誰が?そもそも、ここはどこなんです?」
「ここはアストラリア。お前の世界とは異なる、魔法が日常となっている世界だ。」老人は説明を続けた。「そして我々とは、境界線上の者たちを導く役目を持つ者たちのことだ。」
レイナは周りを見回した。確かに、ここは彼女の知る世界とは全く異なっていた。空気中に魔法のエネルギーが満ちているのを感じることができた。
「でも、なぜ私がここに?」レイナは尋ねた。
老人は杖を地面に突き、深くため息をついた。「お前の世界は、魔法が失われつつある世界だ。かつては豊かに存在した魔法も、今では僅かしか残っていない。そんな中で、お前のような才能の持ち主が現れたのは奇跡に近い。」
レイナは自分の手を見つめた。確かに、彼女には不思議な力があった。でも、それを制御することはできなかった。
「私には制御できません。むしろ、危険なだけです。」レイナは悲しげに言った。
老人は優しく微笑んだ。「だからこそ、お前はここにいるのだ。我々が教えよう、お前の力の使い方を。そして、お前の世界と我々の世界を繋ぐ架け橋になってほしい。」
レイナは驚いて老人を見つめた。「私が...架け橋に?」
老人はうなずいた。「そうだ。お前は二つの世界の境界線上に立つ者。両方の世界を行き来し、魔法を取り戻す手助けをする存在なのだ。」
レイナは考え込んだ。これまで、自分の力を恐れ、隠そうとしてきた。でも、もしそれが誰かの役に立つのなら...
「教えてください。」レイナは決意を込めて言った。「私の力の使い方を、そして架け橋になる方法を。」
老人は満足げに笑った。「よし、では行こう。お前の訓練が始まる場所へ。」
老人が杖を振ると、彼らの周りに光の輪が現れた。レイナは深呼吸をして、未知の冒険への第一歩を踏み出した。
...
数週間が過ぎ、レイナは急速に成長していった。アストラリアの魔法学院で、彼女は様々な魔法の基礎を学んだ。最初は戸惑うことも多かったが、日々の訓練を重ねるうちに、少しずつ自分の力をコントロールできるようになっていった。
ある日、レイナは学院の図書館で古い書物を読んでいた。その本には、二つの世界の関係について詳しく書かれていた。
「かつて、二つの世界は一つだった。」レイナは小声で読み上げた。「しかし、ある事件をきっかけに世界は分裂し、魔法の流れも分断された。それ以来、一方の世界では魔法が衰退し、もう一方の世界では魔法が日常となった...」
「面白い本を見つけたようだね。」
突然の声に、レイナは驚いて振り返った。そこには、彼女の師匠であるマーリンが立っていた。
「マーリン先生!」レイナは立ち上がって挨拶した。「はい、二つの世界について書かれた本を読んでいました。」
マーリンはうなずいた。「そうか。お前も気づいたかもしれないが、その本に書かれていることが、お前の使命と深く関わっているんだ。」
レイナは真剣な表情でマーリンを見つめた。「私の使命...世界を繋ぐ架け橋になることですよね。」
「そうだ。」マーリンは本棚に寄りかかりながら続けた。「お前のような存在は、数百年に一人現れるかどうかの稀有な才能だ。両方の世界のエネルギーを持ち、自在に行き来できる。その力を使って、二つの世界の均衡を取り戻すことが、お前に課せられた使命なんだ。」
レイナは少し考え込んだ。「でも、どうやって?私にはまだ、自分の力を完全にコントロールすることもできていません。」
マーリンは優しく微笑んだ。「それが、お前がここで訓練を受けている理由だ。そして、今日からお前の訓練は新しい段階に入る。」
「新しい段階?」レイナは興味深そうに尋ねた。
マーリンは頷いた。「そうだ。これまでは基礎的な魔法の操作を学んできたが、これからは世界間の移動と、エネルギーの調整を学ぶ。簡単ではないが、お前なら必ずできる。」
レイナは決意を新たにした。「分かりました。頑張ります。」
その日から、レイナの訓練はさらに厳しいものになった。世界間の移動は、想像以上に困難を極めた。最初の数回は、目的地とは全く違う場所に飛ばされてしまうこともあった。
ある日の訓練で、レイナは自分の世界に戻ろうとしていた。彼女は目を閉じ、心の中で自分の部屋をイメージした。そして、魔力を集中させ、次元の壁を越えようとした。
突然、激しい痛みが全身を襲った。レイナは叫び声を上げ、目を開けた。しかし、そこは彼女の部屋でも、アストラリアでもなかった。
周りは真っ暗で、どこまでも虚無が広がっていた。レイナは恐怖に震えながら、声を絞り出した。
「ここは...どこ?」
すると、暗闇の中から声が聞こえてきた。
「ようこそ、境界線上の者よ。」
その声は、レイナが今まで聞いたことのない、不気味なものだった。
「誰...誰ですか?」レイナは震える声で尋ねた。
「我々は、お前が繋ごうとしている二つの世界の間に存在する者たち。」声は答えた。「お前の行動が、我々の領域を脅かしている。」
レイナは混乱した。「脅かしている?どういう意味ですか?」
「二つの世界が再び一つになれば、我々の存在意義は失われる。」声は冷たく続けた。「我々はそれを望まない。」
レイナは冷や汗を流しながら、周りを見回した。しかし、暗闇の中には何も見えなかった。
「でも、私は...世界のバランスを取り戻すためにやっているんです。」レイナは弱々しく主張した。
「バランス?」声は嘲笑うように言った。「お前は本当のバランスが何か、分かっていない。世界の分断こそが、真のバランスなのだ。」
レイナは反論しようとしたが、突然、強い引力を感じた。彼女は暗闇の中に引きずり込まれそうになった。
「助けて!」レイナは叫んだ。
その瞬間、彼女の体が光り輝いた。その光は、暗闇を押し返すように広がっていった。
「な...何だ、この力は!」声が驚きの叫びを上げた。
レイナは自分の中に眠っていた力が目覚めるのを感じた。それは、彼女がこれまで感じたことのない、圧倒的な力だった。
光は更に強くなり、暗闇を押し広げていった。レイナは目を閉じ、全身に力を込めた。
「私は...境界線上の者。二つの世界を繋ぐ架け橋。」レイナは心の中で唱えた。「誰にも、それを邪魔させない!」
強烈な光の爆発が起こり、レイナは意識を失った。
目が覚めると、レイナは学院の訓練場にいた。マーリンが心配そうな顔で彼女を見下ろしていた。
「大丈夫か、レイナ?」マーリンが尋ねた。
レイナはゆっくりと体を起こした。「はい...大丈夫です。でも、今の...あれは何だったんでしょうか?」
マーリンは深刻な表情で答えた。「お前は、世界の狭間に迷い込んでしまったようだ。そして、そこに潜む危険な存在と遭遇した。」
レイナは先ほどの出来事を思い出し、身震いした。「あの声...私たちの行動を邪魔しようとしていました。」
マーリンはうなずいた。「そうだ。世界の分断から利益を得ている者たちがいる。彼らは、お前のような存在を恐れているんだ。」
レイナは自分の手を見つめた。「でも...最後に、すごい力が出てきて...」
「そうだな。」マーリンは微笑んだ。「お前の中に眠っていた真の力が、危機的状況で目覚めたんだ。これからの訓練では、その力をさらに引き出し、制御する方法を学んでいくことになる。」
レイナは決意を新たにした。「分かりました。もっと強くなって、世界を守ります。」
マーリンは満足げにうなずいた。「よし、では休憩の後、訓練を再開しよう。お前の冒険は、まだ始まったばかりだ。」
レイナは立ち上がり、窓の外を見た。二つの月が輝く夜空を見上げながら、彼女は自分の使命に思いを馳せた。境界線上に立つ者として、彼女にはまだまだ乗り越えなければならない試練が待っているはずだ。でも、もう恐れてはいない。彼女には、二つの世界を繋ぐ力がある。その力を使って、きっと道を切り開いていけるはずだ。
レイナは深呼吸をして、次の訓練に向けて心を落ち着かせた。彼女の物語は、まだ始まったばかり。これからどんな冒険が待っているのか、考えるだけでワクワクした。
それから1年が経過した。レイナは日々の訓練を重ね、自身の力を大きく成長させていた。世界間の移動も自在にできるようになり、両世界のエネルギーバランスを調整する技術も習得していた。
ある日、マーリンがレイナを呼び出した。
「レイナ、お前の力は十分に成長した。いよいよ本格的な任務に就く時が来たようだ。」
レイナは緊張しながらも、しっかりとした声で答えた。「はい、準備はできています。」
マーリンは深刻な表情で続けた。「実は、お前の世界で深刻な魔力の乱れが起きている。このままでは、魔法が完全に消滅してしまう恐れがある。」
レイナは驚いて尋ねた。「そんな...どうすればいいんですか?」
「お前の世界に戻り、魔力の源を見つけ出し、修復する必要がある。」マーリンは説明した。「しかし、注意しなければならない。世界の狭間に潜む存在たちが、お前の行動を阻もうとするだろう。」
レイナは決意を固めた。「分かりました。私にできることなら何でもします。」
マーリンは微笑んで、レイナの肩に手を置いた。「信じているぞ、レイナ。お前なら必ずやり遂げられる。」
翌日、レイナは自分の世界への帰還の準備を整えた。アストラリアの仲間たちが見送る中、彼女は深呼吸をして次元の扉を開いた。
目を開けると、レイナは自分の部屋にいた。しかし、何かが違っていた。部屋全体が薄暗く、空気が重く感じられた。
外に出ると、街全体が同じような雰囲気に包まれていた。人々の表情は暗く、活気が失われていた。
レイナは街を歩きながら、魔力の源を探し始めた。彼女の感覚は、街の中心にある古い神社に向かって導いていった。
神社に到着すると、レイナは愕然とした。かつては美しかった神社が、今では荒れ果て、不気味な雰囲気を醸し出していた。
神社の中に入ると、強い魔力の乱れを感じた。祭壇の前には、黒い霧のようなものが渦巻いていた。
レイナが近づこうとすると、突然、声が聞こえてきた。
「来るな!」
振り返ると、そこには神主らしき老人が立っていた。
「あなたは...」レイナが尋ねかけると、老人は首を振った。
「私はこの神社の守護者だ。しかし、もはやこの世界の魔力を守ることはできない。」老人は悲しげに言った。
レイナは祭壇の方を指さした。「あの黒い霧は...」
「そうだ、世界の狭間からやってきた存在たちだ。」老人は説明した。「彼らは我々の世界の魔力を吸収し、自分たちの力としている。このままでは、我々の世界から魔法が完全に失われてしまう。」
レイナは決意を固めた。「私が何とかします。」
老人は驚いた表情でレイナを見つめた。「君には...特別な力を感じる。まさか、境界線上の者...」
レイナはうなずいた。「はい。私は二つの世界を繋ぐ存在です。この世界を救うために来ました。」
老人は安堵の表情を浮かべた。「そうか...長い間、君のような存在を待っていた。頼む、我々の世界を救ってくれ。」
レイナは祭壇に向かって歩み寄った。黒い霧が激しく渦巻き、彼女を押し返そうとする。
「来るな!」霧の中から声が響いた。「お前が介入すれば、我々の存在が脅かされる。」
レイナは立ち止まらず、前進し続けた。「この世界の魔法を奪うことはさせない。」
彼女は両手を広げ、アストラリアで学んだ魔法を使い始めた。光の barrier が彼女の周りに形成され、黒い霧を押し返していく。
霧の中の存在たちは必死に抵抗した。「我々にとって、魔力は生きるために必要なものだ。奪わないでくれ!」
レイナは一瞬躊躇したが、すぐに気持ちを立て直した。「あなたたちの存在は理解します。でも、一つの世界の魔法を奪うことは許せません。もっと良い方法があるはずです。」
彼女は目を閉じ、全身に力を込めた。アストラリアの魔力と、自分の世界の残された魔力を融合させ始める。
光と闇がぶつかり合い、激しいエネルギーの渦が巻き起こった。レイナは歯を食いしばり、踏ん張った。
「私は...境界線上の者。二つの世界の架け橋...」レイナは心の中で唱えた。「新たな調和をもたらす...!」
突然、まばゆい光が神社全体を包み込んだ。レイナは意識が遠のいていくのを感じたが、最後まで踏ん張り続けた。
...
目が覚めると、レイナは神社の祭壇の前で横たわっていた。ゆっくりと体を起こすと、驚くべき光景が広がっていた。
神社は以前の美しさを取り戻し、清々しい空気に包まれていた。そして、祭壇の上には、淡い光を放つ球体が浮かんでいた。
老人が駆け寄ってきた。「よくやってくれた!君は我々の世界を救ったんだ!」
レイナは祭壇の球体を見つめた。「あれは...」
「新たな魔力の源だ。」老人は説明した。「君が作り出した、二つの世界のエネルギーが融合したもの。これで我々の世界の魔法は守られる。」
レイナはほっとした表情を浮かべた。しかし、すぐに気づいた。「でも、世界の狭間の存在たちは...」
すると、球体から小さな光の粒子が放たれ、空中で形を成し始めた。それは、かつて黒い霧だった存在たちだった。
「境界線上の者よ、我々は感謝する。」一つの声が響いた。「君は我々に新たな存在の形を与えてくれた。もはや世界の魔力を奪う必要はない。我々は、二つの世界の調和を守る存在となろう。」
レイナは驚きと喜びで目を見開いた。「本当ですか?それは...素晴らしい!」
光の存在たちは、レイナの周りを舞いながら消えていった。
老人は深々と頭を下げた。「本当にありがとう。君は我々の世界を救っただけでなく、新たな調和をもたらしてくれた。」
レイナは照れくさそうに笑った。「いいえ、私一人の力ではありません。アストラリアの皆の教えと、この世界の思い...そして、対立していた存在たちとの理解が、この結果をもたらしたんです。」
その時、レイナの体が淡く光り始めた。
「どうやら、私はアストラリアに戻らなければならないようです。」レイナは老人に告げた。
老人はうなずいた。「分かった。だが、忘れないでくれ。君はいつでもここに戻ってこられる。この世界の、新たな守護者として。」
レイナは微笑んで答えた。「はい、必ず戻ってきます。これからは定期的に、両方の世界を行き来して、バランスを保っていきます。」
彼女は深呼吸をして、次元の扉を開いた。アストラリアに戻る前に、最後にこの世界を見渡した。街には活気が戻り始め、人々の表情も明るくなっていた。
「さようなら、そしてまた会いましょう。」レイナは心の中でつぶやき、扉の中に踏み入れた。
アストラリアに戻ると、マーリンたちが待っていた。
「よくやった、レイナ。」マーリンは誇らしげに言った。「お前は真の境界線上の者となった。」
レイナは仲間たちに囲まれ、自分の冒険を語り始めた。そして、これからの使命について語った。
「私には、まだやるべきことがたくさんあります。」レイナは決意を込めて言った。「二つの世界の架け橋として、新たな調和をもたらし続けていきます。」
マーリンたちは賛同の声を上げ、レイナの新たな旅立ちを祝福した。
レイナは窓の外を見た。アストラリアの二つの月が、いつもより明るく輝いているように見えた。彼女は自分の両手を見つめた。そこには、二つの世界の魔力が調和して流れていた。
「これが、私の道。」レイナは静かにつぶやいた。「境界線上に立ち、世界を繋ぐ者として。」
彼女の瞳に、新たな冒険への期待と決意が輝いていた。レイナの物語は、まだ始まったばかり。二つの世界の調和を守るという大きな使命と共に、彼女の旅は続いていく。
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