第17回 キーワード:吹き出す
タイトル:『異世界の泉に吹き出す真実』
「ちょっと待って!これってまさか...」
リサは目の前に広がる光景に言葉を失った。透き通るような青い空の下、見渡す限りの緑の草原。そして、その中心にある小さな丘の上に佇む一本の巨木。その根元からは清らかな水が吹き出し、小川となって草原を潤していた。
つい数分前まで、彼女は日本の普通の大学生だった。講義をさぼってカフェでアルバイトをし、夜はアニメを見て過ごす、そんなありふれた日常を送っていた。それが今、まるで異世界ファンタジー小説の主人公になったかのような状況に放り込まれていた。
「冗談でしょ...」
リサは自分の腕をつねってみた。痛みはちゃんとある。夢ではないらしい。
「どうしてこんなことに...」
彼女は周囲を見回した。持っていたスマートフォンは電源が入らない。服装は、カフェのアルバイト用の制服のまま。ポケットには財布と家の鍵が入っているだけだった。
「とりあえず、あの木のところまで行ってみよう」
リサは小さな丘に向かって歩き始めた。草原を吹き抜ける風が心地よく、太陽の光が優しく肌を照らす。まるで別世界のように穏やかな空気が漂っていた。
丘を登りきると、巨木の姿がより鮮明に見えてきた。樹齢千年はゆうに超えているだろう太い幹。枝葉は空高くまで伸び、まるで天空の宮殿のような威厳を放っていた。
そして、その根元から吹き出す泉。透明な水が地面から勢いよく湧き出し、小さな池を作っている。水面には光が反射し、キラキラと輝いていた。
「綺麗...」
思わず息を呑むほどの美しさだった。リサは泉に近づき、手を伸ばして水に触れてみた。冷たくて清らかな感触。まるで生命の源のような神秘的な雰囲気を醸し出している。
その時だった。
「おや、珍しい服装の方だね」
突然聞こえてきた声に、リサは驚いて振り返った。
そこには、長い白髪と白い髭を蓄えた老人が立っていた。深緑色のローブを身にまとい、杖を手にしている。まるで物語に出てくる賢者のような出で立ちだった。
「あ、あの...」
リサは言葉に詰まった。この状況をどう説明すればいいのか分からない。
老人は優しく微笑んだ。
「慌てることはない。君は『召喚』されたんだね」
「召喚...ですか?」
「そう。この世界には時々、別の世界から人が呼び寄せられることがある。君もその一人なんだよ」
リサは混乱した。まるでライトノベルの設定のようなことを、この老人は当たり前のように話している。
「でも、どうして私が...」
「それはね、この泉が選んだんだ」
老人は泉を指差した。
「この泉は『真実の泉』と呼ばれている。世界の秘密を知る者だけが、この泉の水を飲むことができるんだ。そして時々、泉は他の世界から『真実を見抜く目』を持つ者を召喚する」
「私に...そんな力があるんですか?」
リサは半信半疑だった。自分にそんな特別な力があるなんて、考えたこともない。
老人は静かに頷いた。
「君の中にある力は、まだ眠っているだけさ。これから目覚めていく」
「でも、私はただの大学生で...」
「いいや、君はもうただの大学生ではない。この世界で、君には大切な使命がある」
老人の言葉に、リサは身震いした。使命?自分に?
「この世界は今、危機に瀕しているんだ。真実が歪められ、嘘が蔓延している。そんな中で、真実を見抜く目を持つ君が必要とされている」
リサは黙って老人の話を聞いていた。信じられない話だが、どこか心の奥底で、これが現実なのだと感じていた。
「さあ、泉の水を飲んでみなさい。そうすれば、君の力が目覚める」
老人に促され、リサは泉に向き直った。透明な水面に自分の顔が映っている。不安と期待が入り混じった表情だ。
深呼吸をして、リサは手で水をすくい、口に運んだ。
一瞬、世界が光に包まれたような感覚。
そして次の瞬間、リサの目の前に世界が広がった。
今まで見えていなかったものが見える。聞こえていなかった音が聞こえる。感じられなかったものが感じられる。
まるで、世界の真実が一気に押し寄せてきたかのような感覚だった。
「これが...私の力?」
リサは自分の手を見つめた。特に変わった様子はない。でも、確実に何かが変わった。世界を見る目が変わった。
「そうだ。君は今、真実を見る目を持った」
老人の声が聞こえた。リサが振り返ると、老人の姿が光に包まれていた。
「私の役目はここまでだ。これからは君自身の力で、この世界を救ってほしい」
そう言うと、老人の姿が消えていった。
「待って!まだ分からないことが...」
リサは叫んだが、老人の姿はもうそこにはなかった。
残されたのは、リサと真実の泉。そして、広大な異世界。
「どうすればいいの...」
途方に暮れるリサだったが、次の瞬間、彼女の耳に声が届いた。
「誰か、助けて!」
遠くから聞こえてくる悲鳴。リサは反射的にその方向を見た。
すると、不思議なことに遠くの景色がクローズアップされて見えた。まるで望遠鏡で覗いているかのように。
そこには、モンスターに襲われている少女の姿があった。
「私に見えてる...私にしか見えないんだ」
リサは直感的にそう悟った。この力で、遠くの真実を見ることができるのだ。
「行かなきゃ」
彼女は走り出した。未知の世界で、未知の力を得た自分。不安はあったが、それ以上に、誰かを助けたいという気持ちが強かった。
草原を駆け抜けるリサ。風を切る音と、自分の鼓動が響く。
「待っててね。今、助けに行くから!」
リサの冒険が、今始まろうとしていた。
真実を見抜く目を持つ少女が、この異世界でどんな運命を辿るのか。
それは誰にも分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
この世界に、新たな風が吹き始めたということ。
真実が、少女の心から吹き出そうとしているということ。
リサは息を切らしながら、モンスターに襲われている少女のもとへ駆けつけた。近づくにつれ、状況がより鮮明に見えてきた。
少女は木に背中を押し付けながら、目の前の巨大な狼のような生き物から身を守ろうとしていた。その狼は、普通の狼の倍以上はある大きさで、赤い目をギラギラと光らせている。
「どうすればいい?私には武器もないのに...」
リサは焦った。しかし、その瞬間、彼女の中で何かが目覚めた。
世界が一瞬静止したかのように感じ、リサの目に不思議な光景が映った。狼の周りに、薄い霧のようなものが見える。よく見ると、その霧の中に文字が浮かんでいるように見えた。
「嘘...」
その文字を読んだ瞬間、リサは理解した。この狼は本物のモンスターではない。誰かが作り出した幻影だったのだ。
「大丈夫!それは本物じゃないわ!」
リサは少女に向かって叫んだ。少女は驚いた顔でリサを見た。
「幻影を解くには、真実を語りかければいい!」
どこからそんな知識が出てきたのか、リサ自身も分からなかった。しかし、それが正しいことだと確信していた。
リサは狼に向かって叫んだ。
「あなたは本物じゃない!誰かが作り出した幻影にすぎないのよ!」
その言葉とともに、狼の姿がぼやけ始めた。そして、まるで霧が晴れるように、その姿が消えていった。
少女は呆然としていた。
「す、すごい...どうやったの?」
リサは少し照れくさそうに笹羽根を掻いた。
「実は私にも、よく分からないんだ。でも、真実を見る目があるみたいで...」
少女は目を輝かせた。
「あなたが噂の『真実の目』を持つ人なの?」
「え?噂?」
リサは驚いた。自分のことが噂になっているなんて。
少女は熱心に説明を始めた。
「この国では最近、嘘や幻影が蔓延しているの。そんな中、真実を見抜く力を持つ人が現れるという予言があったんだ」
リサは複雑な気持ちになった。自分がその予言の人物だとは。
「私は本当にそんな大それた存在なのかな...」
少女は真剣な目でリサを見つめた。
「あなたは私を救ってくれた。それだけで十分すごいわ」
その言葉に、リサは少し勇気づけられた。
「あ、そうだ。私の名前はリサ。あなたは?」
「私はエマ。この国の王女よ」
リサは驚いた。まさか助けた少女が王女だったなんて。
エマは続けた。
「リサ、お願いがあるの。私と一緒に王城に来てくれないかしら?父上に会ってほしいの」
リサは少し躊躇した。しかし、ここで断るわけにもいかない。結局、彼女はエマについていくことにした。
王城への道中、エマは国の状況を説明してくれた。
この国「ヴェリタス」は、かつては真実と正義を重んじる国だった。しかし、最近になって突如として嘘や幻影が蔓延し始めたのだという。人々は何が真実で何が嘘なのか、分からなくなってしまっていた。
「父上も、誰を信じていいのか分からなくなってしまったの」
エマの声には悲しみが滲んでいた。
王城に到着すると、リサは王の前に案内された。
王はまだ若く、本来なら威厳に満ちているはずの表情に、疲労の色が見えた。
「父上、この方がリサさん。私を助けてくれた人よ」
エマが紹介すると、王はリサをじっと見つめた。
「噂の『真実の目』を持つ者か...」
リサは緊張した。王の周りにも、狼のときのように霧のようなものが見える。しかし、今回は「不安」「疑心」といった文字が浮かんでいた。
リサは勇気を出して話し始めた。
「陛下、私にはあなたの周りに漂う不安が見えます。しかし、それは本当のあなたではありません」
王は驚いた様子で身を乗り出した。
「私の...不安が見えるだと?」
リサは頷いた。
「はい。そして、その不安こそが、この国に蔓延る嘘の源なのです」
リサの言葉に、王は深く考え込んだ。
「確かに、最近は誰も信じられなくなってしまった。それが国全体に影響しているのかもしれない...」
リサは続けた。
「陛下、真実は常にそこにあります。ただ、それを見る勇気が必要なのです」
その瞬間、王の周りの霧が薄くなっていくのが見えた。
「そうか...私自身が真実から目を背けていたのかもしれない」
王の表情が晴れやかになった。
「リサ殿、我が国を救う手伝いをしてくれないか?」
リサは一瞬躊躇したが、すぐに決意を固めた。
「はい、喜んで」
それから数ヶ月が過ぎた。
リサは王の側近として、国中を巡り歩いた。彼女の「真実の目」は、人々の心に潜む不安や疑念を明らかにし、それを解き放っていった。
徐々に、国中から嘘や幻影が消えていった。人々は再び互いを信頼し、笑顔を取り戻していった。
ある日、リサは真実の泉を再び訪れた。
泉の水面に映る自分の姿を見て、彼女は微笑んだ。
もう不安な表情はない。自信に満ちた眼差しがそこにはあった。
「私、成長したのかな」
そう呟いたとき、水面から声が聞こえた。
「よくやった、リサ」
見ると、水面に老人の姿が映っている。
「あなたは...」
「私は単なる泉の番人に過ぎない。大切なのは、君自身の中にあった力だ」
リサは頷いた。
「はい。でも、まだ終わっていません。この国以外の場所にも、真実を必要としている人がいるはずです」
老人は微笑んだ。
「その通りだ。君の旅はまだ始まったばかりだよ」
リサは決意を新たにした。
「行ってきます。どこであろうと、真実を求める人のもとへ」
彼女は泉に別れを告げ、新たな地平線に向かって歩き出した。
真実を見抜く目を持つ少女の物語は、まだまだ続いていく。
彼女が出会う人々、直面する困難、そして明らかになる世界の真実。
それらすべてが、彼女を成長させ、そしてこの世界をより良いものに変えていくだろう。
リサの心の中で、真実の泉が静かに、しかし力強く吹き出し続けている。
それは、この世界のすべての嘘を洗い流し、真実の輝きをもたらす力となるはずだ。
「さあ、行こう」
リサは空を見上げ、そう呟いた。
彼女の瞳に映る空は、かつてないほど青く、そして深かった。
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