第16回 キーワード:サービス料

『異世界レストラン『銀の月』~サービス料は命の重さ~』


薄暗い路地裏に佇む、小さな木造の建物。その扉には「銀の月」と書かれた看板が掛かっていた。ガラス窓からは温かな明かりが漏れ、中から賑やかな声が聞こえてくる。

「いらっしゃいませ!」

扉を開けると、明るい声で出迎えてくれたのは、銀色の長髪を後ろで束ねた少女だった。エプロンを身につけ、胸には「アリア」と書かれたネームプレートが光る。

「お一人様ですか?」

「ああ」

私は頷きながら返事をした。アリアは笑顔で奥のテーブルへと案内してくれる。

「本日のおすすめは、ドラゴンの炙り焼きです。いかがですか?」

メニューを手渡しながら、アリアが提案してくれた。

「ドラゴン?そんな高級な肉、この店で出せるのか?」

私は驚きを隠せずに尋ねた。この界隈で、ドラゴンの肉を提供できる店など聞いたことがない。

「ふふふ、秘密です♪」

アリアはウインクしながら答えた。

「じゃあ、それをもらおうかな」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

アリアが厨房へ向かう姿を見送りながら、私は店内を見渡した。

壁には様々な武器や防具が飾られている。剣や盾、弓矢に至るまで、どれも本物らしく見える。テーブルの上には、小さな魔法のランプが置かれ、柔らかな光を放っている。

「お待たせしました。ドラゴンの炙り焼きです」

しばらくすると、アリアが大きな皿を持ってきた。その上には、赤みがかった肉が香ばしく焼かれていた。

「いただきます」

私は箸を取り、一口サイズに切られた肉を口に運んだ。

「これは...!」

驚きの声が漏れる。肉は柔らかく、噛むほどに旨味が広がる。そして、かすかに感じる甘みと、後味に残る香ばしさ。まさに至高の一品だった。

「お口に合いましたか?」

アリアが笑顔で尋ねてきた。

「ああ、最高だ。本当にドラゴンの肉なのか?」

「はい、間違いありません。当店では、お客様に最高の料理をお楽しみいただくため、新鮮な食材にこだわっております」

アリアの言葉に、私は首を傾げた。ドラゴンの肉がこんなに簡単に手に入るはずがない。何か裏があるのではないかと疑念が湧いてくる。

食事を終え、会計の時が来た。

「お会計は5000ゴールドになります」

「5000ゴールド?」

私は驚いて声を上げた。確かに高級食材ではあるが、この値段は常識外れだ。

「はい、そうです。ただし...」

アリアは一瞬躊躇したように見えた。

「ただし?」

「サービス料として、お客様の寿命を10年いただきます」

「何だって?」

私は耳を疑った。寿命を取られるなんて、そんなことがあり得るのか?

「申し訳ありません。当店では、最高の料理を提供するため、特別なサービス料を頂いております。お客様の寿命の一部を、食材の調達や調理に使用させていただくのです」

アリアの説明に、私は言葉を失った。しかし、不思議なことに怒りは湧いてこない。むしろ、先ほど味わった料理の素晴らしさを思い出し、納得してしまう自分がいた。

「わかった。払おう」

私はポケットから財布を取り出し、5000ゴールドを支払った。そして、アリアが差し出した契約書にサインをした。

「ありがとうございます。お客様の寿命の10年分を、大切に使わせていただきます」

アリアが深々と頭を下げる。その瞬間、私の体から何かが抜け出ていくような感覚があった。

「また、お越しくださいませ」

店を出る私を、アリアが笑顔で見送ってくれた。

外に出ると、月が高く昇っていた。銀色に輝く月を見上げながら、私は考え込んだ。

10年の寿命を失ったことに後悔はない。あの味は、その代償に値する。しかし、この店の正体は一体何なのか。どうやってドラゴンの肉を手に入れているのか。そして、なぜ寿命を代償として求めるのか。

疑問は尽きない。だが、それ以上に、また行きたいという思いが強くなっていた。

数日後、私は再び『銀の月』を訪れていた。

「いらっしゃいませ!お帰りなさいませ」

アリアが明るく迎えてくれる。今日は店内に他の客の姿も見える。みな、美味しそうに料理を口にしている。

「今日のおすすめは何かな?」

「本日は、フェニックスの煮込み料理がおすすめです」

「フェニックス?また驚かせてくれるな」

私は苦笑いしながら、その料理を注文した。

程なくして運ばれてきた料理は、まるで宝石のように輝いていた。赤や金色に輝く肉が、香り高いスープの中で煮込まれている。

一口食べると、口の中に広がる味わいに思わず目を閉じてしまった。肉は驚くほど柔らかく、噛むたびに旨味が溢れ出す。そして、スープには不思議な力強さがあり、体の芯から温まっていくのを感じる。

「これは...まるで生き返ったような気分だ」

「はい、フェニックスの再生能力を、お客様の体で体験していただいているのです」

アリアの説明に、私は驚きを隠せなかった。伝説の不死鳥の力を、こんな形で味わえるとは。

食事を終え、再び会計の時がやってきた。

「お会計は8000ゴールド、そしてサービス料として15年分の寿命をいただきます」

今回は驚かなかった。むしろ、覚悟していたといっていい。

「わかった」

私は黙ってゴールドを支払い、契約書にサインをした。

「ありがとうございます。お客様の寿命を大切に使わせていただきます」

アリアが頭を下げる。今回も、体から何かが抜け出ていく感覚があった。しかし、同時に不思議な充実感も感じた。

店を出ると、月が赤く染まっていた。血のような色をした月を見上げながら、私は考えた。

この店の正体は何なのか。なぜ、こんな特別な料理を提供できるのか。そして、寿命を代償にすることで、一体何を得ているのか。

疑問は深まるばかりだが、同時に、この店の魅力にますます引き込まれていく自分がいた。

次はいつ来ようか。何を食べようか。そんなことを考えながら、私は夜の街へと歩み出した。


それから数ヶ月が過ぎた。私は『銀の月』の常連客となっていた。伝説の生き物の肉や、魔法の果実、はたまた神々の食事と称される料理まで、この世のものとは思えない美食の数々を堪能してきた。

そして、その度に寿命を削られていった。

「いらっしゃいませ」

いつものようにアリアが出迎えてくれる。しかし、今日の彼女の表情には、どこか悲しみが混じっているように見えた。

「どうしたんだ?何かあったのか?」

「いえ...何でもありません」

アリアは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

「本日のおすすめは、『運命の逆転』という料理です」

「運命の逆転?面白そうだな。それをもらおう」

しばらくして運ばれてきた料理は、一見するとごく普通の白いスープのようだった。しかし、よく見ると、スープの表面に不思議な模様が浮かんでいる。まるで、星座が描かれているかのようだ。

「いただきます」

スプーンですくって口に運ぶと、不思議な感覚が全身を包み込んだ。まるで、自分の人生が走馬灯のように目の前を駆け抜けていくような感覚。そして、それが逆再生されていくような不思議な体験。

「これは...」

言葉にできない味わいだった。まるで、自分の人生そのものを飲み込んでいるかのような感覚。

「お客様、実は...」

アリアが切なげな表情で話し始めた。

「今日が、最後の日になります」

「最後?どういうことだ?」

「お客様の残り寿命が、もうほとんどないのです」

アリアの言葉に、私は愕然とした。確かに、この数ヶ月で相当な年数を失ってきた。しかし、まさか寿命が尽きるとは。

「そんな...まだ若いはずだ」

「はい。しかし、お客様は毎回、より高価な料理を注文されてきました。それに比例して、サービス料も高くなっていったのです」

アリアの説明に、私は愕然とした。確かに、毎回より珍しく、より美味しい料理を求めてきた。その度に、寿命を大量に失っていたのだ。

「では、もう長くないということか」

「はい...申し訳ありません」

アリアは深々と頭を下げた。その瞬間、店内の景色が歪み始めた。

「何が起きている?」

「お客様の寿命が尽きかけています。この世界と、あの世の境界が曖昧になっているのです」

アリアの声が遠くなっていく。視界が霞み、体が軽くなっていくのを感じた。

「待ってください!」

突然、アリアが叫んだ。

「最後に、一つだけ提案があります」

「何だ?」

私は、消えかけている意識を振り絞って尋ねた。

「私の...寿命を差し上げます」

アリアの言葉に、私は驚いて目を見開いた。

「何を言っている?そんなことできるのか?」

「はい、できます。この店には、そういった力があるのです」

アリアは真剣な表情で続けた。

「しかし、それには代償があります。私の寿命と引き換えに、お客様にはこの店で働いていただくことになります。永遠に」

私は唖然とした。アリアの寿命をもらい、代わりに永遠にこの店で働く。それが、彼女の提案だった。

「なぜ、そこまでする?」

「お客様は、私たちにとって特別な存在だからです。あなたの純粋な美食への情熱が、この店を支えてきたのです」

アリアの言葉に、私は複雑な感情を抱いた。確かに、この店での体験は人生最高のものだった。しかし、永遠に働くということは...

「決断する時間はあまりありません」

アリアが急かす。私の体は、既に半透明になりつつあった。

その時、私は気づいた。この店の正体を。そして、アリアの本当の姿を。

「わかった。受け入れよう」

私の言葉に、アリアは安堵の表情を浮かべた。

「ありがとうございます。では、契約の儀式を...」

アリアが私に近づき、両手を差し出した。その手を取ると、まばゆい光が私たちを包み込んだ。

光が収まると、私の体は元の実体を取り戻していた。そして、アリアの姿が消えていた。

「アリア?どこだ?」

「私はここにいます」

声の主を探すと、テーブルの上に置かれた鏡の中にアリアの姿があった。

「これが、契約の結果です。私はこの店の精霊となり、あなたは新たな店主となるのです」

アリアの説明に、私は深く頷いた。

「わかった。精一杯、この店を守っていこう」

その瞬間、店内に暖かな光が満ちた。壁に飾られていた武器や防具が輝き、テーブルの上のランプがより明るく灯った。

「では、新たな店主さん。お客様をお迎えする準備をしましょう」

アリアの声に導かれ、私は厨房へと向かった。そこには、この世のものとは思えない食材が並んでいた。

「最初の料理は、何にしましょうか?」

アリアの問いかけに、私は少し考えてから答えた。

「ドラゴンの炙り焼きだ。私が初めて食べた料理をもう一度作ってみたい」

「素晴らしい選択です。では、始めましょう」

私は、アリアの指示に従いながら料理を始めた。包丁を握る手に、不思議な力強さを感じる。まるで、長年の経験が一瞬にして身についたかのようだ。

調理を終え、出来上がった料理を見つめる。香ばしい香りが店内に広がり、まるで霧のように漂っている。

「準備が整いました。そろそろお客様が...」

アリアの言葉が途切れたその時、店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ」

私は、アリアから教わった通りに挨拶をした。

入ってきたのは、若い男性だった。彼の目は、好奇心と期待に輝いている。

「へぇ、こんな所に店があったのか。何か美味しいものはあるかい?」

「はい、ございます。本日のおすすめは、ドラゴンの炙り焼きです」

「ドラゴン?そんな高級な肉、この店で出せるのか?」

男性の言葉に、私は懐かしさを覚えた。かつての自分と同じ反応だ。

「ええ、出せますとも。ただし...」

私は一瞬言葉を切った。そして、真剣な表情で続けた。

「特別なサービス料を頂くことになります」

「サービス料?どんなものだい?」

男性が興味深そうに尋ねてきた。

私は、鏡に映ったアリアの姿を一瞬見つめた。彼女は優しく微笑んでいる。

「それはですね...」

私は説明を始めた。新たな物語の幕開けだ。この異世界レストラン『銀の月』で、これからも多くの客を魅了し、そして新たな店主を見出していく。それが、私たちに課せられた永遠の使命なのだ。

窓の外では、銀色に輝く満月が高らかに昇っていた。

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