第14回 キーワード:カラーコンタクト

『虹色の瞳が織りなす世界』


「はぁ...また目が痛い」

鏡の前で目薬を差しながら、佐藤美咲は溜息をついた。彼女の瞳に映る鏡像は、疲れきった表情の21歳の女子大生だった。黒縁メガネの奥に覗く茶色の瞳は、やや充血気味で、目の下にはクマができていた。

「バイトと課題とサークル活動の三重苦か...」

美咲は自嘲気味に呟いた。大学3年生になり、就職活動も控えている。そんな中、アルバイトと学業の両立は想像以上に厳しかった。

「でも、これも夢のため...」

彼女が目指すのは、コンタクトレンズの研究開発。幼い頃から強度の近視に悩まされてきた美咲にとって、コンタクトレンズは魔法のアイテムだった。それが、いつしか彼女の将来の夢になっていた。

「よし、今日も頑張ろう」

決意を新たに、美咲は部屋を出た。大学に向かう途中、彼女はふと立ち寄ったドラッグストアで、新しいカラーコンタクトの広告を目にした。

「新製品『レインボーアイズ』 - あなたの目の色を自由自在に変えられる!」

美咲は興味本位で手に取ってみた。説明書きには「7色のグラデーションで、瞳の色が虹のように変化する」と書かれていた。

「へぇ、面白そう。でも、こんなの付けて大丈夫なのかな...」

躊躇しながらも、美咲は試してみることにした。「たまには気分転換も必要よね」と自分に言い聞かせ、レジに向かった。

その日の夜、美咲は早速新しいカラーコンタクトを試してみることにした。説明書をよく読み、慎重に装着する。

「わっ!」

鏡を覗き込んだ瞬間、美咲は思わず声を上げた。彼女の瞳は、確かに虹色に輝いていた。青、緑、黄色、オレンジ、赤...まるで万華鏡のように、色が次々と変化していく。

「すごい...こんなの見たことない」

美咲は自分の目を疑った。しかし、それは始まりに過ぎなかった。

突然、部屋全体が揺れ始めた。

「地震!?」

咄嗟に机の下に潜り込もうとした瞬間、美咲の視界が歪んだ。まるで、万華鏡を覗き込んでいるかのような感覚。そして次の瞬間、彼女の体は宙に浮いた。

「きゃあああああ!」

叫び声と共に、美咲の意識が遠のいていく。

...

「お嬢さん、大丈夫ですか?」

優しい声に導かれ、美咲はゆっくりと目を開けた。

「あれ...ここは...?」

目の前に広がっているのは、見たこともない光景だった。空は紫がかった青で、二つの月が浮かんでいる。周りには見たこともない植物が生い茂り、遠くには尖塔のような建物が見える。

「ここは異世界ですよ、お嬢さん」

声の主は、長い白髪と髭を蓄えた老人だった。彼は親切そうな笑みを浮かべながら、美咲に手を差し伸べた。

「私はマーリン。この世界の魔術師です」

「ま、魔術師...?」

混乱する美咲に、マーリンは優しく説明を始めた。

「あなたは『虹の瞳』の持ち主ですね。その目は、世界を越える力を持っているのです」

「虹の瞳...?」

美咲は反射的に目元に手を当てた。そこにはもうコンタクトレンズはなかった。しかし、彼女の目は依然として虹色に輝いていた。

「その瞳は、かつてこの世界にあった『虹の宝石』の力を宿しています。その力で、あなたは自分の世界からここへ来てしまったのでしょう」

マーリンの説明に、美咲はますます混乱した。しかし、彼の言葉には不思議と説得力があった。

「で、でも...私、帰らなきゃ。大学も、バイトも...」

「もちろん、お帰りになれます。ですが...」

マーリンは真剣な表情で続けた。

「今、この世界は危機に瀕しているのです。あなたの力が必要なのです」

「私の...力?」

「はい。『虹の瞳』の力は、この世界の均衡を保つ鍵なのです」

マーリンは空を指さした。美咲が見上げると、紫がかった空に黒い渦が見えた。

「あれは『闇の渦』。このままでは、世界全体が飲み込まれてしまう」

「でも、私には何もできません。ただの大学生で...」

美咲の言葉を遮るように、マーリンは優しく微笑んだ。

「あなたの中には、想像以上の力が眠っています。それに...」

彼は美咲の手を取り、近くの水たまりへと導いた。

「ほら、よく見てごらんなさい」

水面に映る自分の姿に、美咲は息を呑んだ。彼女の姿は、来た時とは明らかに違っていた。髪は淡い紫色に変わり、服装も異世界風のドレスになっていた。そして何より、虹色に輝く瞳が印象的だった。

「これが...私?」

「そうです。あなたは『虹の巫女』として、この世界に召喚されたのです」

マーリンの言葉に、美咲は複雑な思いを抱いた。不安と戸惑い、そして不思議な高揚感。

「私に...何ができるんでしょうか」

「まずは、あなたの力を理解することです」

マーリンは杖を取り出し、地面に魔法陣を描いた。

「さあ、この中に立ってください」

躊躇いながらも、美咲は言われた通りにした。途端、彼女の体が光に包まれた。

「わっ!」

驚きの声を上げる間もなく、美咲の意識は別の場所へと飛んでいった。

...

目を開けると、そこは広大な図書館だった。天井まで届きそうな本棚が幾重にも並び、その間を色とりどりの光が舞っている。

「ここは...?」

「『知恵の間』です」

振り返ると、そこにはマーリンの姿があった。

「ここであなたは、自分の力について学ぶのです」

美咲は圧倒されながらも、興味深々で周りを見回した。すると、一冊の本が浮かび上がり、彼女の元へ飛んできた。

「これは...」

「あなたの物語です。開いてみてください」

震える手で本を開くと、そこには美咲のこれまでの人生が描かれていた。幼い頃の思い出、学生時代の苦労、そして...コンタクトレンズへの情熱。

「私の...夢?」

「そうです。あなたの夢が、この世界を救う鍵になるのです」

マーリンの言葉に、美咲は困惑した。

「でも、コンタクトレンズの研究と、この世界を救うことがどう関係あるんですか?」

「よく聞いてください、美咲さん」

マーリンは真剣な表情で語り始めた。

「この世界の『闇の渦』は、人々の『視野』が狭まることで生まれたのです。みんな自分の世界にしか目を向けず、他者の視点を理解しようとしない。その結果、世界の調和が乱れ、闇が広がっていった」

「それで...私のコンタクトレンズが?」

「そうです。あなたの『レインボーアイズ』は単なるファッションアイテムではありません。それは、人々の視点を変える力を持っているのです」

美咲は自分の瞳を意識した。確かに、この虹色の目で見る世界は、今までとは違って見える。色彩が鮮やかで、細部まではっきりと見えた。

「この目で見ると、世界がより...クリアに見えます」

「そう、それこそがあなたの力なのです。その目で見た世界の真実を、人々に伝えることができる」

マーリンは本棚から別の本を取り出した。

「これからあなたは、この世界の各地を巡ることになります。そして、出会う人々の『視点』を変えていくのです」

「私に...そんなことができるでしょうか」

不安そうな美咲に、マーリンは優しく微笑んだ。

「大丈夫。あなたには素晴らしい才能がある。コンタクトレンズを通じて人々の視界を変えるように、この世界の人々の心も変えられるはずです」

その言葉に、美咲は少し勇気づけられた。確かに、彼女にはコンタクトレンズへの情熱があった。その思いを、この世界でも生かせるかもしれない。

「わかりました。やってみます」

美咲の決意の言葉に、マーリンは満足そうに頷いた。

「よろしい。では、あなたの旅の準備をしましょう」

マーリンが杖を振ると、美咲の前に一つの鞄が現れた。

「この中には、あなたの旅に必要なものが入っています。そして...」

彼はポケットから小さな瓶を取り出した。中には、七色に輝く液体が入っていた。

「これは『虹の雫』。あなたの力を増幅させる魔法の薬です。必要な時に使ってください」

美咲は恐る恐る瓶を受け取った。その瞬間、彼女の体に不思議な力が漲るのを感じた。

「さあ、行きましょう。あなたの冒険が、今始まるのです」

マーリンの言葉と共に、図書館の景色が溶けていく。そして美咲は、新たな世界へと足を踏み出した。

これから始まる冒険に、期待と不安が入り混じる。しかし、美咲の瞳には決意の光が宿っていた。彼女は自分の力を信じ、この世界を救うという使命を果たすため、一歩一歩前に進んでいく。

そして、彼女の旅路が織りなす物語が、今まさに幕を開けようとしていた。


数ヶ月が経ち、美咲の旅も終盤に差し掛かっていた。彼女は異世界の様々な地域を巡り、多くの人々と出会い、その視点を変えてきた。しかし、「闇の渦」は依然として空に渦巻いており、その勢いは以前にも増して強くなっていた。

「もう時間がないわ...」

美咲は空を見上げながら呟いた。彼女の隣には、旅の途中で出会った仲間たちがいた。エルフの弓使いリーフ、ドワーフの鍛冶屋グラム、そして人間の剣士カイト。彼らは美咲の使命を理解し、共に戦ってきた。

「大丈夫だ、美咲。俺たちがついている」カイトが彼女の肩に手を置いた。

「そうだね、一緒に最後まで頑張ろう」リーフも励ましの言葉を投げかける。

「お嬢ちゃんの目には、希望が見えるんだろう?」グラムがニヤリと笑った。

美咲は仲間たちの言葉に勇気づけられ、深呼吸をした。そう、彼女の目には希望が見えていた。旅の中で出会った人々の心の変化、そしてそれによって少しずつ明るくなっていく世界。

「ありがとう、みんな。さあ、行きましょう」

一行は、この世界の中心地とされる「虹の塔」へと向かった。そこには、かつてこの世界を守護していた「七賢者」の末裔たちがいるという。彼らの力を借りれば、「闇の渦」を消し去ることができるかもしれない。

塔に到着すると、そこには予想以上に荒廃した光景が広がっていた。かつては美しかったであろう建物も、今は苔むし、崩れかけている。

「こんなに...荒れ果てているなんて」リーフが驚きの声を上げた。

「七賢者の末裔たちは、もうここにはいないのかもしれないな」グラムが不安そうに呟く。

その時、美咲の虹色の瞳が突然輝きを増した。

「いいえ、いるわ。感じるの...七人の気配が」

美咲の言葉に導かれるように、一行は塔の最上階へと向かった。そこには、七つの石像が円を描くように並んでいた。しかし、その姿は生気のない灰色で、まるで魂が抜け落ちたかのようだった。

「これが...七賢者?」カイトが困惑した様子で尋ねる。

美咲は静かに目を閉じ、集中した。すると、彼女の体から虹色の光が放たれ、石像たちを包み込んでいく。

「目覚めてください、七賢者の皆さん。今、この世界にはあなたたちの力が必要です」

美咲の声が響き渡ると、石像たちがゆっくりと色づき始めた。そして、七人の賢者たちが目を覚ました。

「よくぞ来てくれた、虹の巫女よ」最年長らしき賢者が口を開いた。「我々は長い間眠っていた。世界の調和が乱れ、我々の力が弱まったためじゃ」

「お願いです。この世界を救うため、力を貸してください」美咲は必死に訴えた。

七賢者たちは互いに顔を見合わせ、そしてゆっくりと頷いた。

「よかろう。だが、『闇の渦』を完全に消し去るには、お前の力も必要となる」

「私の...力ですか?」

「そうじゃ。お前の『虹の瞳』こそが、この世界を救う鍵なのじゃ」

美咲は決意を固め、頷いた。「わかりました。私にできることは何でもします」

七賢者たちは円陣を組み、美咲をその中心に立たせた。そして、彼らの力と美咲の『虹の瞳』の力が一つになり、強大な光の柱となって空へと伸びていった。

その光は「闇の渦」に向かって突き進み、激しくぶつかり合う。美咲は全身全霊の力を込めて、闇を押し返そうとする。しかし、闇の力は予想以上に強く、美咲たちの光は少しずつ押し戻されていった。

「くっ...このままじゃ...」

美咲が苦しそうに呟いたその時、彼女の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「美咲、諦めるな!」

「カイト...?」

振り返ると、そこには仲間たちの姿があった。彼らも全力で美咲を支えようとしている。

「私たちの力も使って!」リーフが叫ぶ。

「お前の目に映る世界を、俺たちに見せてくれ!」グラムも声を張り上げた。

美咲は仲間たちの言葉に勇気づけられ、再び前を向いた。彼女は『虹の瞳』の力を最大限に引き出し、自分が旅で見てきた世界の美しさ、出会った人々の温かさ、そして希望に満ちた未来の光景を、全ての人々に向けて投影した。

その瞬間、驚くべきことが起こった。美咲の視界に映し出された光景が、空一面に広がったのだ。そこには、美咲が旅で出会った人々の笑顔や、彼女が変えてきた世界の姿が映し出されていた。

その光景を目にした人々の心に、希望の光が灯り始めた。そして、その光は次々と連鎖し、世界中に広がっていく。

「闇の渦」は、その希望の光に押されるように、少しずつ縮小し始めた。美咲は最後の力を振り絞り、『虹の瞳』の力を「闇の渦」めがけて放った。

「消えなさい!」

美咲の叫びと共に、虹色の光が「闇の渦」を貫いた。そして次の瞬間、渦は光の中に飲み込まれ、完全に消滅した。

静寂が訪れ、そして...

大きな歓声が世界中に響き渡った。

美咲はへとへとになりながらも、空を見上げた。そこには、美しい虹がかかっていた。

「やった...私たち、やったのね」

彼女の目から、喜びの涙がこぼれ落ちた。

その後、世界は急速に回復していった。人々の心に希望が戻り、互いを理解し合おうとする気持ちが芽生え始めた。美咲の『虹の瞳』がもたらした変化は、この世界に永続的な影響を与えたのだ。

そして、美咲が自分の世界に帰還する日がやってきた。

「本当に...帰らなきゃいけないの?」リーフが寂しそうに尋ねる。

「ああ、彼女には彼女の世界があるんだ」カイトが優しく諭した。

「でも、またいつでも来られるんだろ?」グラムが期待を込めて聞いた。

美咲は仲間たちに笑顔で頷いた。「ええ、きっとまた会えるわ。それに...」

彼女は自分の瞳を指さした。「この目で見た世界は、永遠に私の中に生き続けるわ」

マーリンが杖を振ると、美咲の前に光の門が開いた。

「さあ、行くがいい。そして、あなたの世界でも、この経験を活かしてほしい」

美咲は深く頭を下げ、仲間たちに最後の別れを告げた。そして、決意に満ちた表情で光の門をくぐる。

...

目を開けると、そこは自分の部屋だった。まるで夢から覚めたかのような感覚。しかし、手の中には「虹の雫」の小瓶がしっかりと握られていた。

美咲はゆっくりと立ち上がり、鏡の前に立った。そこに映る瞳は、もう虹色ではなかった。しかし、その奥には確かに、異世界で見た光景が宿っていた。

「よし」

美咲は決意を新たにした。これからは、この世界で自分にできることをしよう。コンタクトレンズの研究を通じて、人々の「視点」を変える。そして、互いを理解し合える世界を作っていく。

彼女は窓を開け、深呼吸をした。空には美しい虹がかかっていた。

「さあ、新しい冒険の始まりね」

美咲の瞳に、希望の光が輝いていた。

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