第13回 キーワード:ノミネート

『異世界ノミネーション』


 アレクはため息をつきながら、巨大なスクリーンに映し出された自分の名前を見つめていた。それは、異世界ファンタジー大賞のノミネートリストだった。彼の名前は、他の9人の候補者と共に輝いていた。

「まさか、俺が選ばれるなんて…」

 彼は呟きながら、周囲の騒がしさにも気づかないほど呆然としていた。アレクは、この世界に来てからまだ1年も経っていない。元の世界では、彼は平凡なサラリーマンだった。毎日、決まりきった仕事をこなし、週末には友人とゲームをするだけの日々。そんな彼が、なぜ異世界の英雄として選ばれたのか、自分でも理解できなかった。

「アレク!おめでとう!」

 突然、背中を叩かれて我に返る。振り返ると、親友のライアンが満面の笑みで立っていた。

「まさか、君が選ばれるなんてな。本当に驚いたよ」

「俺だってさ…」アレクは困惑した表情で答えた。「正直、どうしていいかわからないんだ」

 ライアンは笑いながら、アレクの肩を抱いた。「心配するな。これからが本番だ。みんなで応援するからさ」

 アレクは微笑んで頷いたが、心の中では不安が渦巻いていた。異世界ファンタジー大賞。それは、この世界で最も権威ある賞の一つだった。毎年、世界中から10人の英雄候補が選ばれ、1年間の試練を経て、最終的に1人の勇者が選出される。その勇者には、王国の半分と王女との結婚が約束されているのだ。

「まあ、俺には関係ないさ」アレクは自分に言い聞かせるように呟いた。「どうせ1回戦で落ちるだろうし」

 しかし、運命はそれほど単純ではなかった。

 翌日、アレクは王宮に呼び出された。巨大な門をくぐり、長い廊下を歩いていくと、豪華絢爛な玉座の間に案内された。そこには、国王陛下と王女様、そして他の9人のノミネート者たちが待っていた。

「よくぞ参った、勇者候補たちよ」国王の声が部屋中に響き渡る。「諸君らは、我が国の未来を担う可能性を秘めた者たち。これから1年間、様々な試練に挑戦してもらう」

 アレクは緊張しながら、他の候補者たちを見回した。彼らは皆、筋骨隆々とした戦士や、神秘的なオーラを放つ魔法使いばかりだった。その中で、平凡な外見のアレクは、明らかに場違いに見えた。

「最初の試練は、」国王は続けた。「魔王の城に潜入し、彼の計画を暴くこと。これは、諸君らの知恵と勇気を試す任務だ」

 会場がざわめいた。魔王の城への潜入。それは、まさに自殺行為に等しかった。アレクは冷や汗を流しながら、自分の運命を呪った。

「しかし、」国王は微笑んだ。「諸君らは一人で行くわけではない。それぞれに、一人のパートナーを選ぶ権利を与えよう」

 その瞬間、アレクの目は輝いた。パートナー。そう、ライアンがいれば…

「では、順番に選んでいこう」国王は言った。「まずは、第一候補のエリック」

 筋骨隆々とした金髪の戦士が一歩前に出た。「私は、聖騎士団長のセイラを選びます」

 次々と、候補者たちが強力なパートナーを選んでいく。魔法使いや暗殺者、聖職者など、どれも一流の冒険者たちだった。

 そして、最後にアレクの番が回ってきた。

「あの、」アレクは少し躊躇いながら言った。「私は、親友のライアンを選びたいのですが…」

 会場が静まり返った。ライアン。誰も聞いたことのない名前だった。

「ほう」国王は興味深そうに眉を上げた。「そのライアンとやらは、どんな特技を持っているのだ?」

 アレクは困惑した表情で答えた。「特に…何も」

 再び、会場がざわめいた。何の能力もない者を選ぶなど、正気の沙汰ではなかった。

「よかろう」しかし、国王は意外にも許可を出した。「君の選択を尊重しよう。だが、覚悟はしておくことだ」

 アレクは深々と頭を下げた。彼には、ライアン以外に信頼できる相棒がいなかった。たとえ無力でも、親友と一緒なら何かできるはずだ。そう信じていた。

 その日の夕方、アレクはライアンに事情を説明した。

「え?俺が君のパートナー?」ライアンは驚きを隠せなかった。「でも、俺には何の能力もないぞ。君を助けられるかどうか…」

「大丈夫さ」アレクは微笑んだ。「君がいてくれれば、それだけで心強いんだ」

 ライアンは少し考え込んだ後、決意を固めたように頷いた。「わかった。全力で君をサポートするよ。たとえ無力でも、できることはなんでもするさ」

 こうして、アレクとライアンの冒険が始まった。彼らは、他の候補者たちよりも劣っているように見えたが、二人の間には強い絆があった。それが、これからの試練を乗り越える鍵になるとは、まだ誰も気づいていなかった。

 1週間後、アレクとライアンは、他の候補者たちと共に魔王の城へと向かった。彼らは、暗い森を抜け、険しい山道を登り、そして最後に、不気味な沼地を渡った。

 魔王の城は、黒い岩山の頂に聳え立っていた。その姿は、まるで大地から生え出た巨大な牙のようだった。

「よし、ここで作戦を立てよう」エリックが言った。彼は、自然と皆のリーダーになっていた。「城には5つの入り口がある。我々も5つのグループに分かれて、それぞれ潜入しよう」

 他の候補者たちは賛同したが、アレクは不安そうな表情を浮かべていた。

「どうかしたのか?」エリックがアレクに尋ねた。

「いや…」アレクは躊躇いながら答えた。「正面から入るのは危険すぎないでしょうか?魔王も、私たちの来訪を予想しているはずです」

 エリックは軽蔑するような目つきでアレクを見た。「臆病者には向いていない任務だな。怖いなら、ここで引き返せばいい」

 アレクは黙ってうつむいた。しかし、ライアンが彼の肩を叩いた。

「アレク、君の考えを聞かせてくれないか?」

 アレクは深呼吸をして、勇気を振り絞った。「実は…城の下に地下水路があるんです。そこを通れば、誰にも気づかれずに潜入できるはずです」

 全員が驚いた顔でアレクを見つめた。

「どうやってそんなことを?」エリックが訊いた。

「この1週間、魔王の城に関する古文書を読み漁ったんです」アレクは少し恥ずかしそうに答えた。「そこに、かつての建築者が残した秘密の設計図がありました」

 エリックは腕を組んで考え込んだ。「…なるほど。確かにその方法なら、安全に潜入できるかもしれない」

 結局、アレクの提案が採用された。彼らは、城の裏手にある小さな洞窟を見つけ、そこから地下水路に潜入した。

 暗く湿った通路を進みながら、アレクは自分の役割に少し自信を持ち始めていた。しかし、その自信も長くは続かなかった。

 通路の途中で、彼らは巨大な水門に行く手を阻まれた。

「くそっ、この先に行けないじゃないか」エリックが怒鳴った。「アレク、お前の情報は間違っていたのか?」

 アレクは焦って古文書を確認した。「い、いえ…ここにはこんな水門があるとは書かれていません。おかしいです…」

 その時、ライアンが水門の側面を調べていた。「ねえ、アレク。ここに何か文字が刻まれているよ」

 アレクは駆け寄って、その文字を見た。それは、古代の言語で書かれた謎かけだった。

「なんだ、これは?」エリックが訊いた。

「謎かけです」アレクは答えた。「恐らく、これを解かないと水門は開かないでしょう」

 エリックは苛立たしげに唸った。「くそっ、こんなことで時間を無駄にしている場合か。力づくで開けるぞ!」

 しかし、アレクは慌てて止めた。「待ってください!力づくで開けようとすると、警報が鳴るかもしれません。ここは慎重に…」

 エリックは不満そうだったが、仕方なく同意した。「わかった。じゃあ、お前が解いてみろ」

 アレクは深呼吸をして、謎かけに集中した。それは、古代の魔法と数学が組み合わさった複雑な問題だった。彼は、頭の中で必死に計算を繰り返す。

「ごめん、アレク」ライアンが小声で言った。「僕には何もできなくて…」

 アレクは微笑んで首を振った。「いいんだ、ライアン。君がここにいてくれるだけで、十分だよ」

 その言葉に力をもらい、アレクは更に集中した。そして、30分後…

「わかった!」アレクが叫んだ。「答えは…」

 彼が答えを唱えると、水門がゆっくりと開き始めた。全員が驚きの声を上げる。

「やったな、アレク!」ライアンが彼を抱きしめた。

 エリックも、渋々ながらアレクを褒めた。「まあ、よくやったな」

 こうして、彼らは無事に城内への潜入に成功した。しかし、これは始まりに過ぎなかった。魔王の城内では、さらなる試練が彼らを待ち受けていた。

 アレクとライアンは、他の候補者たちと別れ、二人で城内を探索することにした。彼らは、ひっそりと廊下を進みながら、魔王の計画を示す手がかりを探していた。

「ねえ、アレク」ライアンが小声で言った。「本当に大丈夫かな?僕たち、戦う能力なんてないのに…」

 アレクも不安だったが、友人を励まそうと努めた。「大丈夫さ。僕たちには頭脳がある。それに、君と一緒なら何とかなるさ」

 そう言いながらも、アレクの心の中では不安が渦巻いていた。彼らは本当にこの試練を乗り越えられるのだろうか?そして、たとえ乗り越えたとしても、最終的に勇者として選ばれる可能性はあるのだろうか?

 しかし、そんな考えを振り払うように、アレクは前を向いた。今は、目の前の任務に集中しなければならない。魔王の計画を暴き、無事に帰還すること。それが、彼らに課せられた使命だった。

 二人は静かに、しかし確実に、城の奥へと進んでいった。未知の危険が待ち受ける中、彼らの冒険は、まだ始まったばかりだった。


アレクとライアンは、魔王の城の奥深くへと進んでいった。薄暗い廊下を抜け、いくつもの部屋を探索したが、魔王の計画に関する手がかりは見つからなかった。

「もしかして、他の候補者たちが先に見つけてしまったのかな」ライアンが不安そうに呟いた。

アレクは首を振った。「いや、まだあるはずだ。魔王のことだ、簡単に計画書なんて放置しないだろう」

そう言いながら、アレクは周囲を慎重に観察していた。そして、ふと気づいたのだ。

「ライアン、ちょっと待って」アレクは壁に目を凝らした。「この壁、何か変じゃないか?」

ライアンも近づいて壁を調べた。「確かに…少し凹んでいるような」

二人で力を合わせて押してみると、壁が回転し、隠し通路が現れた。

「やった!」アレクは小声で喜びを表した。「ここから行けば、きっと何か見つかるはずだ」

狭い通路を進むと、彼らは広間に出た。そこには、巨大な魔法陣が床一面に描かれていた。

「これは…」アレクは息を呑んだ。「世界征服の儀式だ」

魔法陣の周りには、様々な魔法の道具や古文書が並べられていた。アレクは急いでそれらを調べ始めた。

「大変だ、ライアン」アレクの声が震えていた。「魔王は、明日の満月の夜に儀式を行うつもりらしい。この儀式が成功すれば、世界中の人々の意識を操ることができるようになる」

「そんな…」ライアンは青ざめた。「どうすればいいんだ?」

アレクは必死に考えた。「まずは、この計画を他の人たちに知らせなければ。それから、儀式を阻止する方法を…」

その時、突然、冷たい笑い声が響いた。

「よくぞここまで辿り着いたな、小さな鼠たち」

振り返ると、そこには魔王が立っていた。漆黒の鎧に身を包み、赤い瞳を光らせている。その姿は、まさに悪の化身だった。

「お前たちが、私の計画を暴くとは思わなかったよ」魔王は嘲笑うように言った。「だが、もう遅い。誰にも、この儀式を止めることはできん!」

魔王は手を振り上げ、魔法を放った。アレクとライアンは、間一髪で避けることができた。

「逃げるんだ、ライアン!」アレクは叫んだ。

二人は必死に走った。魔王の放つ魔法が、彼らの背中をかすめていく。何度も転びそうになりながら、彼らは城の出口を目指した。

しかし、出口にたどり着く直前、ライアンが足を滑らせて転んでしまった。

「ライアン!」アレクは振り返った。

魔王が迫ってくる。もう、逃げる時間はない。

アレクは咄嗟の判断で、魔王の前に立ちはだかった。

「ほう、自ら死を選ぶか」魔王は冷笑した。

「違う」アレクは震える声で言った。「僕は…交渉したい」

魔王は意外そうな表情を浮かべた。「交渉だと?何を言い出すか」

アレクは深呼吸をして、言葉を選んだ。「あなたの計画を、誰にも話さない。その代わりに、僕たちを解放してほしい」

「ふん、そんな取引に乗るわけがないだろう」

「でも、」アレクは必死に続けた。「僕たちを殺せば、他の候補者たちに気づかれてしまう。そうなれば、あなたの計画も台無しです」

魔王は黙って考え込んだ。

「それに、」アレクは勇気を振り絞って言った。「僕には、あなたの役に立つ知識がある。古代魔法の解読術を」

魔王の目が輝いた。「ほう…それは興味深いな」

緊張の瞬間が流れた。アレクは、自分の鼓動が耳に響くのを感じた。

やがて、魔王はゆっくりと頷いた。「よかろう。その知識と引き換えに、お前たちの命は助けてやる」

アレクは安堵のため息をついた。彼は急いでライアンを助け起こし、二人で城を後にした。

城を出てしばらく走った後、二人は exhausted して地面に座り込んだ。

「すごいよ、アレク」ライアンは感嘆の声を上げた。「どうやって魔王を説得したんだ?」

アレクは苦笑いした。「正直、僕にも分からない。でも、一か八かだったんだ」

「でも、これで計画を阻止できなくなってしまった」ライアンは落胆した様子で言った。

アレクは首を振った。「いや、まだ終わりじゃない。僕たちには、まだチャンスがある」

彼は、服の中から小さな巻物を取り出した。

「これは…」ライアンは目を見開いた。

「ああ、魔王の儀式の詳細だ」アレクは微笑んだ。「混乱に紛れて、こっそり持ち出したんだ」

ライアンは驚きと喜びで声を上げた。「アレク、君は本当にすごいよ!」

二人は急いで、他の候補者たちと合流した。アレクは、魔王の計画と儀式の詳細を全員に説明した。

「よくやった、アレク」エリックも、珍しく素直な褒め言葉を口にした。「お前たちのおかげで、我々は準備ができる」

翌日、満月の夜。候補者たちは、それぞれの特技を生かして魔王の城に再び潜入した。アレクとライアンも、知恵を絞って作戦に参加した。

激しい戦いの末、彼らは魔王を打ち負かし、儀式を阻止することに成功した。世界は、大きな危機から救われたのだ。

その後、王宮で表彰式が行われた。国王は、満面の笑みを浮かべて言った。

「諸君らの勇気と知恵のおかげで、我が国は救われた。そして、今こそ勇者を決定する時が来た」

会場が静まり返る中、国王は続けた。

「勇者として選ばれたのは…アレクである!」

会場からどよめきが起こった。アレクは、自分の耳を疑った。

「私か…どうして…」

国王は優しく微笑んだ。「アレクよ、汝は知恵と勇気、そして仲間を信じる心で、この試練を乗り越えた。それこそが、真の勇者の資質なのだ」

アレクは、感極まって言葉を失った。ライアンが駆け寄り、彼を抱きしめた。

「やったな、アレク!」

他の候補者たちも、アレクを祝福した。エリックさえも、敬意を込めて頭を下げた。

その夜、アレクは王宮のバルコニーに立ち、星空を見上げていた。

「アレク」

振り返ると、そこには王女が立っていた。彼女は優雅に微笑んだ。

「おめでとう。あなたが勇者に選ばれて、私はとても嬉しいわ」

アレクは照れくさそうに頭を掻いた。「ありがとうございます。でも、正直まだ実感が湧きません」

王女は優しく言った。「あなたは素晴らしい勇者になるわ。そして…」彼女は少し躊躇ってから続けた。「私の夫としても」

アレクは驚いて目を見開いた。そうだ、勇者には王女との結婚が約束されているのだ。彼は、どう返答すべきか迷った。

その時、ライアンの声が聞こえた。「アレク、こんなところにいたのか」

ライアンは、アレクと王女を見て少し驚いた様子だった。「あ、邪魔しちゃったかな」

「いいえ」王女は穏やかに笑った。「私はちょうど失礼しようと思っていたところです」

王女は去り、アレクとライアンが二人きりになった。

「どうしたんだ?」ライアンが訊いた。「何か悩み事?」

アレクはため息をついた。「ああ…実は、勇者には王女との結婚が約束されているんだ」

「へえ」ライアンは少し複雑な表情を浮かべた。「それは…おめでとう、かな」

アレクは首を振った。「いや、俺には分からないんだ。本当にそれでいいのかって」

「どういうこと?」

アレクは、勇気を振り絞って言った。「実は、俺には好きな人がいるんだ。その人と一緒にいると、心が落ち着くし、何でも話せる。その人がいるから、ここまで来られたんだと思う」

ライアンは少し赤面した。「その人って…」

アレクはゆっくりと頷いた。「ああ、お前だよ、ライアン」

二人は、しばらく無言で見つめ合った。そして、少しずつ顔を近づけていく。

その時、突然の爆発音が響いた。

「な、何だ!?」二人は驚いて振り返った。

城の一角から、黒い煙が立ち昇っている。警報が鳴り響き、兵士たちが慌ただしく走り回っていた。

「またか」アレクは苦笑いした。「どうやら、俺たちの冒険はまだ終わっていないようだな」

ライアンも笑顔で答えた。「ああ、でもこれからは二人で乗り越えていこう」

二人は見つめ合い、頷いた。そして、新たな危機に立ち向かうため、城内へと走っていった。

これは、勇者となったアレクと、彼の最愛のパートナー・ライアンの物語。彼らの冒険は、まだ始まったばかりだった。

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