第11回 キーワード:金儲け

『異世界の錬金術師』

佐藤健太は、会社の倒産と恋人との別れを同時に経験し、人生のどん底にいた。

東京の片隅にある小さなアパートで、彼は天井を見つめながら溜息をついていた。

「もう、何もかもうまくいかない…」

そんな言葉を呟いた瞬間、部屋の空気が歪み始めた。健太は驚いて身を起こしたが、その時にはもう遅かった。彼の体は徐々に透明になり、意識が遠のいていった。

目を覚ました時、健太は見知らぬ場所にいた。周りを見回すと、中世ヨーロッパを思わせる石造りの建物が立ち並んでいる。道行く人々は奇妙な服装をしており、中には動物の耳や尻尾を持つ者もいる。

「ここは…異世界?」

健太は混乱しながらも、自分の置かれた状況を理解しようとした。しかし、彼の思考は突然の声によって中断された。

「おや、また召喚されたのか?」

振り返ると、そこには白髪の老人が立っていた。長い白髪と髭、そして深い皺の刻まれた顔。しかし、その目は若々しく輝いていた。

「私はアルバス。この街で錬金術師をしている。君は?」

「佐藤…健太です。日本から来ました。」

アルバスは不思議そうな顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。

「なるほど、異世界からの召喚か。珍しいケースだな。」

健太は状況が飲み込めず、ただ呆然としていた。アルバスはそんな彼を見て、優しく微笑んだ。

「とりあえず、私の工房に来なさい。そこで詳しく話を聞こう。」

アルバスに導かれ、健太は石畳の道を歩いていった。途中、彼は様々な店を目にした。武器屋、魔法道具店、薬屋…どれも日本では見られないものばかりだ。

しばらく歩くと、彼らは小さな工房に到着した。扉を開けると、中は様々な薬品や器具で溢れていた。壁には見たこともない植物や鉱石が並んでいる。

「さて、座りなさい。」アルバスは椅子を指さした。「まずは、この世界のことを説明しよう。」

健太は言われるがままに座り、アルバスの話に耳を傾けた。

「ここはアルカディア王国。魔法と科学が共存する世界だ。錬金術は、その両方を結びつける重要な技術なんだよ。」

アルバスは話しながら、棚から本を取り出した。

「この世界では、錬金術によって様々なものを生み出すことができる。薬、武器、装飾品…そして、金だ。」

健太の目が輝いた。「金?本当の金を作れるんですか?」

アルバスは微笑んだ。「ああ、できるとも。ただし、それには高度な技術と知識が必要だ。そして何より、大切なのは倫理観だよ。」

健太は首を傾げた。「倫理観?」

「そうだ。錬金術には大きな力がある。それを使って儲けることはできるが、同時に多くの人々を傷つける可能性もあるんだ。」

アルバスは真剣な表情で続けた。「例えば、大量の金を作れば経済が崩壊する。安価な薬を大量生産すれば、薬草農家が職を失う。バランスが大切なんだ。」

健太は考え込んだ。確かに、日本でも似たような問題があった。技術の進歩が失業を生み出すこともあれば、環境破壊につながることもある。

「でも、アルバスさん。僕には何もないんです。この世界で生きていくためには、お金が必要です。」

アルバスはうなずいた。「それはそうだ。だが、焦る必要はない。まずは基礎から学ぶんだ。私が教えよう。」

そうして、健太の異世界での生活が始まった。毎日、アルバスから錬金術の基礎を学ぶ。植物の特性、鉱石の性質、そして魔力の扱い方。全てが新鮮で、健太は夢中になった。

数週間が経ち、健太は簡単な治療薬を作れるようになった。その薬を市場で売ると、わずかながらも収入が得られた。

「よくやった。」アルバスは健太の成長を喜んだ。「次は、もう少し複雑な錬金術に挑戦しよう。」

アルバスは、棚から古びた巻物を取り出した。「これは、金属変成の術だ。鉄を銀に、銀を金に変える技術さ。」

健太の目が輝いた。「それができれば、大金持ちになれますね!」

しかし、アルバスは首を振った。「そう単純ではない。確かに金は作れる。だが、それには大量の魔力と希少な素材が必要だ。結局のところ、コストと利益は釣り合ってしまうんだよ。」

健太は肩を落とした。「じゃあ、意味がないんですか?」

「いや、そうとも限らない。」アルバスは微笑んだ。「技術そのものに価値があるんだ。例えば、傷んだ武器を修復したり、質の悪い鉱石から純度の高い金属を抽出したり。応用次第で、様々なビジネスチャンスがあるんだよ。」

健太は考え込んだ。確かに、日本でも技術そのものが価値を生み出すことはある。3Dプリンターや人工知能など、応用範囲の広い技術は多くの産業で重宝されている。

「なるほど…単に金を作るんじゃなく、技術を活かしてビジネスを作る。そういうことですね。」

アルバスは満足げにうなずいた。「そうだ。そして、それこそが真の錬金術師の道なんだ。」

その日から、健太は金属変成の術を学び始めた。難しい技術だったが、日に日に上達していく。そして、ある日のこと。

市場を歩いていると、一人の武器職人が嘆いているのが聞こえた。

「困ったな…良質な鋼鉄が手に入らなくて、注文の剣が作れないよ。」

健太は、ここにチャンスがあると直感した。彼は武器職人に近づき、話しかけた。

「お困りのようですね。私に手伝わせてください。」

武器職人は懐疑的な目で健太を見た。「君に何ができるんだい?」

「錬金術です。質の悪い鉄でも、私なら良質な鋼鉄に変えられます。」

職人は目を丸くした。「本当かい?それができれば、本当に助かるんだが…」

健太は自信を持って頷いた。「はい。試してみませんか?」

そうして、健太は武器職人の工房で腕を振るうことになった。質の悪い鉄を、錬金術で強化し、高品質の鋼鉄に変える。職人はその様子を目を輝かせて見ていた。

「すごい!こんな上質な鋼鉄は見たことがない!」

健太の錬金術によって作られた剣は、見事な出来栄えだった。切れ味、強度、そして美しさ。どれをとっても一級品だ。

評判はすぐに広まった。「錬金術師と武器職人のコラボレーション」として、彼らの剣は飛ぶように売れた。そして、他の職人たちも健太に協力を求めてきた。

宝石職人は「純度の高い宝石を作れないか」と相談してきたし、防具職人は「より軽くて丈夫な金属を」と依頼してきた。

健太のビジネスは急速に拡大していった。彼の腕を求めて、多くの職人が訪れるようになった。そして、彼らと協力することで、健太自身の技術も日々向上していった。

アルバスは、そんな健太の成長を誇らしげに見守っていた。

「よくやった、健太。君は錬金術の真髄を理解し始めているようだ。」

健太は照れくさそうに頭をかいた。「アルバスさんのおかげです。でも、まだまだ分からないことばかりで…」

アルバスは優しく微笑んだ。「それでいいんだ。学ぶことを止めなければ、必ず成長する。そして、その過程で多くの人々を助けることができる。それこそが、真の錬金術師の道なんだよ。」

健太は深くうなずいた。彼は今、本当の意味での「金儲け」を理解し始めていた。それは単にお金を稼ぐことではなく、自分の技術で人々を助け、そして社会に貢献すること。その結果として、富も名声も自然とついてくるのだ。

街を歩きながら、健太は考えた。日本にいた頃の自分は、ただお金が欲しいという思いだけで、その先のビジョンがなかった。しかし今は違う。技術を磨き、人々を助け、そしてこの世界をより良いものにしていく。そんな大きな夢を持つことができた。


健太の名声は、アルカディア王国全土に広まっていった。彼の錬金術は、単なる金儲けの手段ではなく、人々の生活を豊かにする技術として認められるようになっていた。

しかし、成功には影がつきものだ。健太の技術を妬む者たち、それを悪用しようとする者たちが現れ始めた。

ある日、健太は王宮から召喚を受けた。

「陛下に拝謁を賜りたい、とのことです」王宮からの使者がそう告げた。

緊張しながらも、健太は王宮へと向かった。豪華絢爛な王座の間で、彼はアルカディア王国の国王、アーサー3世と対面した。

「よく来てくれた、錬金術師殿」国王は穏やかな声で語りかけた。「汝の功績については、耳に入っておる。我が国の産業に多大な貢献をしてくれたことに感謝する」

健太は恐縮して頭を下げた。「身に余るお言葉です、陛下」

国王は続けた。「しかし、同時に懸念もある。汝の技術が悪用されれば、我が国の経済は混乱に陥るかもしれぬ。すでに、偽造通貨や質の悪い模造品が出回り始めているのだ」

健太は顔を上げ、真剣な表情で応えた。「はい、私もその問題は認識しております。解決策を模索していたところです」

「ほう?」国王は興味深そうに健太を見た。「どのような解決策か、聞かせてもらおう」

健太は深呼吸し、自分のアイデアを説明し始めた。

「まず、通貨の偽造対策として、特殊な錬金術を施した刻印を提案します。これは模倣が極めて困難で、真贋判定も容易です。次に、製品の品質保証として、錬金術師による認証制度を設立。これにより、消費者は安心して製品を購入できます」

健太は一息つき、さらに続けた。

「そして最も重要なのは、錬金術の教育と倫理規定の確立です。技術の発展と同時に、それを正しく使う心も育てなければなりません。アルバス師から学んだように、錬金術は人々を幸せにする技術であるべきです」

国王は感心した様子で頷いた。「なるほど。単に問題を抑え込むのではなく、根本的な解決を目指すというわけか。素晴らしい考えだ」

そして、国王は決断を下した。「よかろう。汝をこの国の『錬金術総監』に任命しよう。これらの政策の実現に向けて、全権を与える」

健太は驚きのあまり言葉を失った。しかし、すぐに決意を固め、強く頷いた。

「身に余る大役ではございますが、全力を尽くします」

こうして、健太の新たな挑戦が始まった。

錬金術総監として、健太は多忙な日々を送った。通貨の偽造対策、製品認証制度の確立、そして最も力を入れた錬金術師の教育と倫理規定の策定。

彼は各地を巡り、錬金術師たちと対話を重ねた。技術の共有と同時に、その使い方の重要性を説いた。

「錬金術は、人々の幸せのための技術です。利益を追求するのも大切ですが、それ以上に社会への貢献を考えましょう」

多くの錬金術師が健太の言葉に共感し、新しい倫理規定に賛同した。しかし、中には反発する者もいた。

「何が社会貢献だ。金を稼ぐのが錬金術だろう!」

そう主張する錬金術師グループが、健太に敵意を向けるようになった。彼らは密かに、健太の失脚を画策していた。

そんなある日、アルカディア王国を大きな災害が襲った。南部の鉱山地帯で大規模な地滑りが発生し、多くの人々が犠牲となった。残された人々も、家や仕事を失い、途方に暮れていた。

健太はすぐさま現地に向かった。彼は、この危機を錬金術で乗り越えようと決意した。

まず、健太は生存者の捜索と救助に錬金術を活用した。地中の生命反応を感知する薬を開発し、それを使って多くの人々を救出することに成功した。

次に、彼は被災地の復興に取り組んだ。錬金術を使って、崩れた建物を素早く修復。さらに、汚染された水を浄化する技術を開発し、人々に安全な水を提供した。

しかし、最大の課題は鉱山の復旧だった。地滑りによって、多くの鉱脈が失われてしまっていたのだ。

健太は懸命に考えた末、一つのアイデアを思いついた。

「鉱物を育てる」

彼は、岩石中の鉱物結晶を人工的に成長させる錬金術を開発した。これにより、失われた鉱脈を比較的短期間で回復させることができたのだ。

この技術は、被災地に希望をもたらした。人々は仕事を取り戻し、街は活気を取り戻していった。

健太の活躍は、国中に称賛をもって伝わった。彼の提唱していた「社会貢献のための錬金術」が、如何に重要かを多くの人が実感したのだ。

かつて健太に反発していた錬金術師たちも、その多くが考えを改めた。

「お前の言っていたことが、正しかったんだな」

彼らは健太に協力を申し出、共に被災地の復興に尽力した。

復興が進み、人々の生活が落ち着き始めた頃。健太は、ある決心をした。

アルバスの元を訪れ、健太は静かに語り出した。

「アルバスさん、僕、日本に帰ろうと思うんです」

アルバスは驚いた様子で尋ねた。「なぜだ?ここでの君の仕事は、まだ終わっていないのではないか?」

健太は微笑んで答えた。

「はい、確かにそうです。でも、僕はこの世界で大切なことを学びました。技術の力、そして人々のために働くことの意味を。これを、元の世界でも活かしたいんです」

アルバスは深く考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。

「分かった。君の決意は尊重しよう。だが、どうやって帰るつもりだ?」

健太は自信に満ちた表情で答えた。

「錬金術です。この世界に来た時の原理を逆算すれば、帰り道も見つかるはずです。アルバスさん、最後にもう一つ、大切なことを教えてください」

アルバスと健太は、幾日もの間研究を重ねた。そして遂に、異世界間を移動する錬金術を完成させたのだ。

出発の日。健太の元には多くの人々が別れを惜しみに集まっていた。

国王は健太に最高の栄誉を与え、こう告げた。

「錬金術総監殿。いや、健太殿。汝の功績は永遠にこの国の歴史に刻まれるだろう。今後も、両世界の架け橋となってくれることを期待している」

健太は深々と頭を下げ、そして笑顔で応えた。

「必ず、また戻って来ます。その時は、日本の技術も持ち帰り、この世界をさらに豊かにしたいと思います」

アルバスが健太に近づき、彼の肩に手を置いた。

「よく頑張ったな、健太。君は本物の錬金術師になった。誇りに思うぞ」

健太は、込み上げる感情を抑えきれず、アルバスと固く抱擁を交わした。

そして、錬金術の光に包まれながら、健太は元の世界への帰還を果たしたのだった。

目を覚ますと、健太は自分のアパートにいた。時計を見ると、あの日、異世界に召喚された時間から、ほんの数分しか経っていない。

「まるで夢のようだ…」

しかし、それは決して夢ではなかった。健太の中に、確かな記憶と技術が残っていたのだ。

彼は決意に満ちた表情で、窓の外を見つめた。

「よし、ここでも頑張ろう。錬金術の精神を活かして、この世界をより良いものにするんだ」

健太の、新たな人生の幕開けだった。

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