第3回 キーワード:仮想通貨

『コインの向こう側』


光り輝く画面に映し出された数字が、ゆっくりと上昇していく。それを見つめる瞳に、期待と不安が交錯していた。

「上がれ...上がれ...」

霧島蓮(きりしま れん)は、スマートフォンを握りしめながら呟いた。画面には仮想通貨「イーサリアム」の価格チャートが表示されている。

大学3年生の蓮は、アルバイトで貯めた資金のほとんどを仮想通貨投資に注ぎ込んでいた。友人たちがファッションや旅行を楽しむ中、彼は寝る間も惜しんで相場を追いかけていた。

「これで、きっと人生が変わる...」

そう信じて疑わなかった。しかし、現実は残酷だった。

突如、チャートが急落し始める。蓮の心臓が跳ね上がった。

「嘘だろ...」

パニックに陥った蓮は、必死に売却ボタンを連打する。しかし、システムは過負荷状態。注文が通らない。

数分後、全ての資産が霧散した。

「なんで...こんな...」

呆然と立ち尽くす蓮。その時、スマートフォンの画面が不自然にちらついた。

「何...?」

蓮が画面に触れた瞬間、強烈な光が彼を包み込んだ。

目を開けると、そこは見知らぬ世界だった。

青い空、緑豊かな大地。そして、遠くには中世ヨーロッパを思わせる石造りの城塞が聳え立っている。

「どこだ、ここ...」

困惑する蓮。しかし、それ以上に彼を驚かせたのは、自分の姿だった。

鎧のような金属製の衣服を身にまとい、腰には奇妙な形状の剣が下がっている。そして、左手首には見慣れないデバイスが装着されていた。

「これは...」

デバイスのディスプレイには、見覚えのある数字が表示されていた。

『所持金:0.00000001 ETH』

「イーサリアム...?」

混乱する蓮。しかし、考える間もなく、突如として地面が揺れ始めた。

「うわっ!」

バランスを崩す蓮。そして、目の前に巨大な影が落ちた。

「ぐるる...」

振り返ると、そこには巨大なオーク(人型の怪物)が立っていた。

「う、嘘だろ...」

オークは棍棒を振り上げ、蓮に襲いかかってきた。

「やばい!」

咄嗟に身をかわす蓮。しかし、オークの攻撃は止まらない。

「どうすれば...」

そのとき、左手首のデバイスが光り始めた。

『コマンド:ブロックチェーンソード』

「え...?」

戸惑う蓮。しかし、次の瞬間、彼の体が勝手に動き出した。

腰の剣を抜き放つと、それは青白い光を放ち始める。

「はぁっ!」

蓮の剣がオークを貫いた。オークの体が光の粒子となって消失していく。

「何が...起こったんだ...?」

呆然とする蓮。しかし、それも束の間。新たな敵が現れ始めた。

「くそっ、なんなんだよこれ!」

走り出す蓮。しかし、彼の行く手を遮るように、突如として巨大な文字が空に浮かび上がった。

『ウェルカム・トゥ・クリプトワールド』

「クリプトワールド...?」

その瞬間、蓮の脳裏に情報が流れ込んできた。

この世界は、仮想通貨と連動した異世界。現実世界での仮想通貨の価値変動が、この世界の秩序を左右する。

そして、蓮たち「堕ちた投資家」は、失った資産を取り戻すため、この世界で戦わなければならない。

「冗談だろ...」

しかし、現実は非情だった。次々と襲いかかってくるモンスターたち。

「くそっ!」

再び剣を構える蓮。しかし、その時、彼の耳に声が届いた。

「そこのあんた!こっちよ!」

振り返ると、一人の少女が手を振っていた。

長い銀髪、紫紺の瞳。そして、蓮と同じように左手首にデバイスを装着している。

「早く!このままじゃやられちゃうわよ!」

迷う間もなく、蓮は少女の元へ走り出した。

「はぁ...はぁ...」

何とか逃げ切った二人は、森の中で息を整えていた。

「あ、ありがとう...」

「礼はいいわ。それより、あんた新参?」

「え?ああ...うん」

「やっぱり。その動きじゃ長くは持たないわね」

少女は呆れたように言った。

「私はユキ。クリプトハンターよ」

「クリプト...ハンター?」

「この世界で生き抜くための職業よ。あんたもなるしかないわ」

「え、でも...」

「選択肢はないわ。さもなきゃ、死ぬだけ」

ユキの言葉に、蓮は絶句した。

「あのさ、これって何かの間違いじゃ...」

「間違いなんかじゃないわ。これが現実よ」

ユキは厳しい口調で言った。

「現実世界であんたが失った資産。それを取り戻すには、この世界でETHを稼ぐしかないの」

「ETH...イーサリアム?」

「そう。この世界の通貨であり、力の源」

ユキは自身の左手首のデバイスを見せた。

「これは『ブロックチェーンギア』。この世界での戦いに必要不可欠なツールよ」

蓮も自分のデバイスを確認する。

「で、どうやって稼ぐんだ?」

「モンスター退治、クエスト、トレード...方法はたくさんあるわ」

ユキは説明を続けた。

「でも、一番手っ取り早いのは『マイニング』ね」

「マイニング...採掘?」

「そう。この世界には『暗号鉱山』があるの。そこで鉱石を採掘すれば、ETHが手に入る」

「じゃあ、そこに行けば...」

「甘く考えないで」

ユキは蓮の言葉を遮った。

「暗号鉱山は危険がいっぱい。モンスターも強いし、何より他のハンターたちとの競争が激しいわ」

「他のハンター...」

「そう。みんな必死よ。現実世界に戻るため、失った資産を取り戻すため」

ユキの表情が曇る。

「中には...もう戻る気がない人たちもいるわ」

「え...?」

「現実逃避よ。この世界なら、努力次第でのし上がれる。現実世界じゃ叶わなかった夢も、ここなら実現できるかもしれない」

蓮は言葉を失った。

「さて、」

ユキが立ち上がる。

「まずは街に向かいましょ。装備も情報も足りないでしょ?」

「あ、ああ...」

蓮もついて立ち上がる。

二人が歩き出したとき、突如として地面が大きく揺れ始めた。

「なっ...地震!?」

「違うわ!」

ユキが叫ぶ。

「相場が大きく動いたのよ!」

「相場...?」

困惑する蓮。しかし、次の瞬間、彼の目の前に巨大なホログラムが現れた。

それは、現実世界のイーサリアムチャート。急激な上昇カーブを描いている。

「うわっ!」

蓮の体が宙に浮く。

「なっ、何が...」

「重力制御システムが乱れたのよ!相場の急変動で!」

ユキも宙に浮かびながら叫ぶ。

「とにかく、何かに掴まって!」

蓮は必死に周囲の木々に手を伸ばす。しかし、風が強くなり、彼の体はどんどん高く舞い上がっていく。

「くそっ!」

そのとき、

「蓮!手を!」

ユキが蓮に向かって手を伸ばしていた。

「つかまって!」

蓮は必死にユキの手を掴もうとする。

指先が触れ合う。

「あと少し...!」

しかし、その瞬間、

「え...?」

蓮の体が急に軽くなる。

「れーーーん!」

ユキの叫び声が遠ざかっていく。

蓮の体は、雲を突き抜けるほどの高さまで吹き飛ばされていった。

「うわあああああーーーー!」

叫びながら、蓮は意識を失った。

...

...

...

「...ぁ...」

意識が戻る。

「ここは...?」

蓮が目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。

木造の天井、石造りの壁。中世ヨーロッパを思わせる内装。

「気がついたようだな」

低い声が聞こえる。振り向くと、そこには一人の老人が立っていた。

長い白髪と髭、古びた魔法使いのローブを身にまとっている。

「私の名はサトシ・ナカモト」

老人は自己紹介した。

「サトシ...ナカモト...?」

その名前に聞き覚えがある気がした蓮。

「ようこそ、若きマイナーよ。ここは『創造院』...この世界の秘密が眠る場所だ」

老人...サトシの言葉に、蓮は戸惑いを隠せなかった。

「一体、どういうことだ...?」

サトシはゆっくりと歩み寄り、蓮の左手首のデバイスに触れた。

「お前のブロックチェーンギアは特別だ。他のものとは、明らかに異なる」

「特別...?」

「そうだ。お前には、この世界を変える力がある」

サトシの目が真剣な光を宿す。

「さあ、若きマイナーよ。お前の冒険が、今始まる」

蓮は混乱しながらも、何かが始まろうとしていることを感じていた。

これが、仮想通貨が織りなす異世界ファンタジーの幕開けだった。


「変える力...?」

蓮は困惑しながらも、サトシの言葉に耳を傾けた。

「このクリプトワールドは、現実世界の仮想通貨市場と密接に結びついている。相場の変動が、この世界の法則を左右する」

サトシは説明を続けた。

「しかし、それは逆もまた然り。この世界での行動が、現実世界の相場に影響を与えることもある」

「まさか...」

蓮は息を呑んだ。

「そう、お前のブロックチェーンギアには、その力が秘められている」

サトシは蓮の左手首のデバイスを指さした。

「これは『創造者のギア』。このワールドを創り出した者のものと同じ力を持つ」

「でも、どうして僕が...」

「それは、お前自身で見つけ出すのだ」

サトシは微笑んだ。

「さあ、行くがいい。お前の仲間が待っているはずだ」

「仲間...ユキのこと?」

「彼女もその一人だ。だが、他にも...」

その時、突如として地面が揺れ始めた。

「また相場の変動か!?」

蓮が叫ぶ。

「いや、今度は違う」

サトシの表情が険しくなる。

「『崩壊』が始まっているのだ」

「崩壊...?」

「説明している暇はない。急ぐのだ!」

サトシに背中を押され、蓮は走り出した。

創造院を飛び出すと、そこは荒廃した風景が広がっていた。

空には無数のグリッチ(映像の乱れ)が発生し、地面からはデジタルノイズが立ち上っている。

「れーーーん!」

遠くからユキの声が聞こえた。

「ユキ!」

蓮は声のする方向へ走る。

ユキの姿が見えた。彼女の隣には見知らぬ男がいた。

「無事だったのね...良かった」

ユキはホッとした表情を見せる。

「僕は大丈夫だけど...これは一体?」

「説明はここじゃできないわ。とにかく『核』に向かわないと」

「核?」

「このワールドの中心よ。そこで何かが起きているの」

男が口を開いた。

「俺はタロウ。よろしく」

「あ、ああ...」

「おい、」

タロウが蓮の左手首を掴んだ。

「そのギア...まさか」

「君も知ってるの?」

「ああ、伝説の『創造者のギア』だ」

タロウの目が輝いた。

「これがあれば、きっと...」

その時、再び地面が大きく揺れた。

「くっ!」

3人はバランスを崩す。

空のグリッチがさらに激しくなり、遠くでは建物が崩壊し始めていた。

「急ぐわよ!」

ユキが叫ぶ。

3人は必死に走り出した。

道中、無数のモンスターが襲いかかってくる。

「はぁっ!」

蓮の剣が青い光を放ち、モンスターを切り裂く。

「やるじゃない」

ユキが感心したように言う。

「僕だってやればできるさ」

蓮は少し誇らしげに答えた。

「おい、あれを見ろ!」

タロウが指さす先には、巨大な塔が聳え立っていた。

「あれが『核』...?」

「ああ、間違いない」

3人は塔に向かって駆け出した。

しかし、その時。

「うわっ!」

蓮の足元が崩れ、彼は奈落の底へと落ちていく。

「蓮!」

ユキが叫ぶ。

「大丈夫だ、俺が!」

タロウが素早く行動する。彼のギアが光り、蓮の体を引き上げる力が働いた。

「た、助かった...」

「礼はいい。さっさと行くぞ」

3人は再び走り出す。

ようやく塔の入り口にたどり着いた時、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

無数のプログラムコードが空中を舞い、現実とデジタルの境界が曖昧になっている。

「これは...」

蓮が呟く。

「ワールドのソースコードね」

ユキが説明する。

「このままじゃ、ワールド全体が崩壊する」

「どうすれば...」

その時、蓮のギアが強く光り出した。

『WARNING: CRITICAL ERROR DETECTED』

「え...?」

突如、蓮の脳裏に大量の情報が流れ込んできた。

「うっ...!」

「どうしたの!?」

ユキが心配そうに蓮を見る。

「わかった...僕には何をすべきかが」

蓮は力強く言った。

「二人とも、僕に力を貸してくれ」

ユキとタロウは頷いた。

3人は手を取り合い、塔の中心へと向かった。

そこには、巨大なクリスタルが浮かんでいた。

「これが...ワールドの核...?」

蓮が呟く。

クリスタルの表面には、激しく乱れたプログラムコードが映し出されている。

「蓮、何をすればいいの?」

ユキが尋ねる。

「僕のギアと、クリスタルを同期させる」

蓮は左手首のギアをかざした。

その瞬間、強烈な光が3人を包み込んだ。

「うわっ!」

目を開けると、そこは無限に広がる電子空間だった。

「これは...」

「ブロックチェーンの内部みたいね」

ユキが言う。

無数のブロックが連なり、その中にはトランザクション(取引)の記録が刻まれている。

「崩壊の原因が分かった」

蓮が言う。

「悪意のあるトランザクションが、チェーン全体を蝕んでいる」

「じゃあ、それを取り除けば...」

「簡単じゃないわ」

ユキが言葉を遮る。

「一度記録されたトランザクションは、原則として書き換えられない。それがブロックチェーンの特徴だもの」

「でも、このままじゃ...」

その時、タロウが口を開いた。

「51%攻撃だ」

「え...?」

「ブロックチェーンの過半数の計算力を制御できれば、チェーンを書き換えられる」

「でも、どうやって...」

蓮が言いかけたとき、彼のギアが再び輝きだした。

『ACTIVATING: GENESIS PROTOCOL』

「これは...」

蓮の体が光に包まれる。

「蓮!」

ユキが叫ぶ。

その瞬間、蓮の意識はブロックチェーン全体と一体化した。

彼には全てのノード(接続点)が見え、全てのトランザクションが感じ取れた。

「見えた...問題の箇所が」

蓮は意識を集中させ、悪意のあるトランザクションを特定していく。

「でも、どうすれば...」

その時、彼は気づいた。

自分の意識が、このワールドの全ての「投資家」たちとつながっていることに。

「みんな...力を貸してくれ!」

蓮の呼びかけに応え、無数の意識がひとつに集まっていく。

「51%どころか...100%の力だ」

蓮は全ての力を結集し、問題のトランザクションを無効化していった。

刹那、強烈な光が電子空間を包み込む。

「うっ...!」

気がつくと、3人は再び現実のワールドに戻っていた。

空のグリッチは消え、デジタルノイズも収まっている。

「やった...?」

ユキが呟く。

その時、サトシ・ナカモトが現れた。

「よくやった、若きマイナーたちよ」

サトシは満足げに微笑んだ。

「お前たちの勇気と知恵が、このワールドを救ったのだ」

「でも、どうしてこんなことが...」

蓮が尋ねる。

サトシは深刻な表情を見せた。

「現実世界での過度な投機、そして一部の者たちの強欲さが、このワールドにも悪影響を及ぼしていたのだ」

「じゃあ、もう二度とこんなことは...」

「いや、」

サトシは首を振った。

「これは終わりではない。むしろ、始まりだ」

「始まり...?」

「そうだ。お前たちには、このワールドと現実世界の架け橋となってもらう」

サトシは3人を見つめた。

「仮想通貨の本質は、単なる投機の道具ではない。それは、新たな可能性を切り拓く技術なのだ」

「僕たちに、それができるんでしょうか...」

蓮が不安そうに言う。

「できる」

サトシは力強く答えた。

「お前たちには、その力がある。創造者のギアを持つお前を中心に、この世界の秩序を守り、そして現実世界にも良い影響をもたらすのだ」

3人は顔を見合わせた。

「やるしかないわね」

ユキが微笑む。

「ああ、面白そうじゃないか」

タロウも頷いた。

蓮は深く息を吐いた。

「分かりました。僕たちに任せてください」

サトシは満足げに頷いた。

「よかろう。これからが本当の冒険の始まりだ。頑張るのだ、若きマイナーたちよ」

そう言うと、サトシの姿は光の粒子となって消えていった。

3人は再び顔を見合わせ、そして頷いた。

彼らの前には、まだ見ぬ冒険が広がっている。

現実とデジタルの狭間で、新たな伝説が今、始まろうとしていた。

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