原像

てると

原像

-これがあくまでも私の無意識に立ち現われた幻像であることをまずは伝えておく。-


 長い歴史を遡り、私は一人佇んでいた。赤い陽光は肌を湿らせ、盆地はその光を浴び、水田は風のわたるたびに緑を弛ませていた

 その一角の山縁に、大きな茶色い集落があった。汗を滴らせて歩いていくと、異様な精神的臭気を放つ大きな建物がある。どうにも、決して入ってはいけないような気に圧倒されるが、中に入る。すると、一人の女が唸り声を上げながら、枡の中に軟便を排泄していた。その後ろに、一人の若い男が立っている。女の目は焦点が定まらず、何か声も呪文のように聞こえてきた。

 排泄が終わると、男は枡に蓋をして、外に出ていった。男には、私が見えないようだった。そう思うと、「久しぶりだね」と、女が私に話しかけてきた。目の焦点が私に定まっていた。不思議と、私はその声に聞き覚えがあった。懐かしみと同時に、呑み込まれるような恐怖があった。

「あなたにはいつもお世話になっています」、私はそう伝えた。

「いや、私のほうが世話になってるんだよ」、女はそう返してきた。

 すると女の目が再び焦点の定まらないものに変わり、突然、機織りの道具を股間に突っ込み、出し入れをはじめた。女の顔は苦悶に歪んでいた。

 次の瞬間、女の股間から血しぶきが上がり、女は動かなくなった。女は死んでいた。


 …私はこの幻像を忘れることにする。忘れるためにこそ、書くのだ。忘れるとは、忘却のことではありえない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

原像 てると @aichi_the_east

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る