血液検査で友情が生まれた
野良犬に突撃された腹をさすりながら登校した俺は机に突っ伏していた。
「まさか会話する以前の問題があるとは……」
「まぁ、流石に動物まで出てくるのはもうないとは思うけど……」
「というか、動物マーフィーは初めてじゃないか?」
「まさかのマーフィーの内容でジャンル分け……」
「おーい、大吉、そろそろ元気出せよー。さっきの青春の話だけど、ゴールデンウィークにどこか行こうぜ!」
「おっ! 良いね!」
ゴールデンウィークに出掛けるなんて青春っぽいじゃないかと思い頭を上げる。
「驚きの切り替えの早さ……」
「まぁ、動物マーフィーは初めてだったから少しダメージ受けたけど、マーフィー自体は大量に経験してるからな。もはや、俺の日常だな」
「色々言いたいことはあるけど、動物は初めてだったのね……」
「予定は後で決めようぜ。今日は健康診断だから、そろそろ着替えて移動しないとな」
「マズイ、すっかり忘れてた!」
俺は慌てて鞄からホッカイロを取り出すと、よく振って左腕につけ、温める。
「……大吉、何してるの?」
「去年の健康診断の血液検査で採血をした時に血管がまったく出なかったんだ。結局、同じクラスの奴らが終わり、次のクラスの奴らがほとんど終わりかけた時にようやく採血が出来たんだ」
「ああ、そう言えばあったな。その後、しばらく血液検査の人って呼ばれて、有名になってたな」
「もう二度とそんな事は繰り返せないからな。腕を温めると血管が浮き出てきやすいと聞いてホッカイロを持ってきたんだ」
美咲は少し引いているが、戦いはもう始まっている。
気を抜くことは出来ない。
俺は温めながら更衣室へと向かうのだった。
着替え終わると俺達のクラスは血液検査の会場である図書室へ向かった。
初手から去年のリベンジマッチだ。
気合いを入れながらホッカイロを左腕に強く押し付けた。
図書室に入ると「幸有君はこちらへ」と名前を呼ばれた。
主席番号順なので俺の順番はまだ先のはずだが……
声のした方を見ると看護師と思われる中年女性が座っていた。
「また会ったわね、幸有君」
その声を聞いて思い出した。
去年採血を行ってくれた女性だ。
「あなたに時間が掛かることは分かっているから先にあなたのクラスが採血の順番になるようにお願いしたの。そして、勿論、あなたがトップバッターよ。今年は去年より早く採血してみせるわ」
「こちらも腕を温めて準備して来ました。よろしくお願いします」
そう言うと席に座って左腕を出した。
さぁ、いよいよ努力の成果を見せる時だ。
看護師さんが血管を探し始めた。
「……出ないわね」
しばらく血管を探していた看護師さんがぽつりと呟く。
しかし、去年の血管が出せなかった事を経験している看護師さんはこれしきでへこたれない。
「腕を少し叩いて血管が出やすいようにします。痛かったら言ってくださいね」
僕が頷くと三本指で腕を叩き始めた。
悪戦苦闘していると採血を終えた拓磨が近くにやって来た。
「大吉、血管出そうか?」
「まだ出なさそう。だから、拓磨、ここは俺に任せて先に行って!」
「いや、採血をするのは看護師さんだからな?任せるとしたら看護師さんだろ」
美咲が居ないので拓磨がツッコミ役だ。
新鮮な気持ちでいると拓磨は「先行ってるぞ」と言って去って行った。
「……腕を変えましょう」
そう言うと看護師さんは腕に着いた器具を外し、右腕に着け始めた。
この時点で俺のクラスはほとんど終わっており、次のクラスが入って来ている。
ここで決めないとマズイ。
その思いが伝わったのか、先程より真剣な表情で左腕と同じ事を繰り返し始めた。
それでもまだ血管は出てこない。
人間の腕は二本しかないので、これ以上腕を変えることは出来ない。
俺のクラスの次に入って来たクラスも既に半分近くが採血を終えている。
すると、先程まで動いていた看護師さんの手が止まってしまう。
視線も下がっており、まるで燃え尽きてしまったようだ。
立て!立つんだ、看護師さーん!と心の中で叫んでいると看護師さんが視線を上げた。
「まだ左腕の方が血管が出そうだったから、左腕に戻しましょう」
まさかの二本の腕しかないのに二回目の腕の交換。
また先程と同じ流れを五分程繰り返した時だった。
「まだ細いけど、これなら何とか採れそうね」
そう言うと器具を取り出し「チクッとしますよ」と声を掛け、血を採り始めた。
器具に血液が溜まるとそれを抜き、後始末を行う。
「なんとか終わったけど、来年はもっと早く採れるように頑張るわ」
「俺も血管を少しでも太く出来るよう努力してきます」
そして固い握手を交わし、俺は図書室から出たのだった。
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