19_救世主
昆虫型の魔物たちが現れ、騒然となったエウノキ村。あちこちらから一斉に鳴り響く甲高い悲鳴は、周囲に恐怖と不安を伝染させていく。
村人たちは血相を変えて魔物から逃げ出す。死に直面した人々から心の余裕がなくなっていく。中には、勢い余って地面に転倒するものや泣き出す子供を抱きかかえる親の姿が散見された。
「ぎっ、ギリさん、どうなってるんですか!?」
「魔法壁が崩壊しているって本当なんですか?」
コウとヒイの2人が、魔物たちが迫ってくる様子を見て動揺する。
「ああ、魔法壁が崩壊して、魔物が侵入してきたんだ。それに護衛の一級魔法使いがやられてるのが引っかかる」
ギリは、接近してきた魔物たちをギラリと睨みつけ、杖を構え魔物たちとの戦闘に備える。
「ギリさん、あいつらを倒すつもりなんですね」
「助かります。やっぱり、ギリさんはこの村の英雄だ!」
コウとヒイの二人は、キラキラとさせながら憧れの目をギリに向ける。
「任せておけ。一瞬で、終わらせてやる」
そう言って、ギリは構えた杖の先を魔物の方に向けいつものように呪文を唱えた。
「なっ……」
呪文を唱え終わり、すぐさま、ギリは違和感を抱く。いつもなら、とっくに呪文を唱え終わった直後に魔法が発動するはずだ。だが、今回は、何も起きない。ただ、人々の悲鳴が聞こえるだけだ。
「なに、どうして魔法が発動しない!?」
ギリは、迫りくる魔物たちの群れを見ながら、焦りと苛立ちの表情を浮かべ、何度も魔法の発動を試みるが、やはり魔法を使用することはできなかった。
「まさか、あの塔が、空気中のマナを吸い取ってしまったかせいか」
ようやく、ギリは、今置かれている状況の深刻さに気づいた。そして、何故、村の護衛を任されるほどの一級魔法使いが、この魔物たちにやられてしまったのかを理解した。
空気中のマナを使用し魔法を行使する魔法使いは、今の状況だと、魔物たちに対して無力に等しかった。
ギリは途端に顔面蒼白になり、まっさらだった頭の中にネガティブな思考が溢れ出てきた。
やばい。このままだと殺される。コウとヒイ、村人たちが……。
ギリを見ていたコウとヒイは彼のただならぬ様子に心配の表情を浮かべた。
「どうしたんですか。ギリさん」
「ギリさん、俺たちいつの間にか魔物に囲まれてます」
昆虫型の魔物たちは、ギリたちを標的にし彼らを取り囲んでいた。獲物を目の前にして自らの食欲を抑えられないのか、口元から魔物たちは唾液をダラッと地面に垂らした。ジャワという音とともに、唾液の酸が地面をじんわり溶かす。
「すまない、お前ら。今の俺では、お前らを助けることはできないかもしれない」
ギリはギュッと杖を握りしめた。コウとヒイの眼には、顔面に影を落とす、いつもとは違ったギリの姿が映し出されていた。
「あっ……」
彼はギリの尋常ならざる様子を見て、ギリがかなり追いつめられている状況なのだと察した。
近くにいた子供が、あまりの恐怖に泣きながら叫び声を上げる。
「助けて、お母さん」
その子を、母親は震えた手で抱きしめ、村で起きている惨状を覆い隠す。
ドォーン。
母親と子供のすぐ後ろの壁が、急に激しく崩壊する。そこから無数の足でムカデ型の巨大な魔物が砂埃とともに姿を現した。
母親と子供は、突如現れたムカデ型の魔物の方を、恐怖に満ちた顔で見つめる。
母親は子供の小さな手を握った。
俺は、何もできないのか。
俺は無力だ……。
一方、ギリは恐怖で小刻みに震える手を見ながら、己の弱さを痛感していた。
だが、迫りくる脅威は現状を嘆いている時間を与えてはくれなかった。
絶望の渦にのまれた彼らに、大きく口を開けた魔物たちの影がすっと伸びる。
グジャ。
エウノキ村に、不快な音が鳴り響く。
周囲を囲む魔物たちに、襲われ捕食されたかと思われたが、結果、ギリたちはまだ生きていた。ギリの下っ端二人に、村の人々は魔物たちに襲われる瞬間、目をつむってしまっていた。
だが、ギリだけは目を見開き、魔物たちが襲いかかるコンマ数秒の出来事を視界に収めていた。
彼が見たのは、男がとてつもない速度と無駄のない軽やかな動きで、周囲を取り囲む魔物たちの首を片手の剣を使い切り裂いていく光景だった。
1体、3体、6体……。
次々と、魔物たちの首が切り裂かれる様子をギリは観察し、頭の中でカウントする。首を失った昆虫型の魔物は、両翼の羽ばたきが止まり、地面に落下した直後、光の粒子となって消滅していく。
宙に舞う幾数もの、光の粒子の先に片手を剣に変形させ男は背中を向け悠然と立っている。ギリは、その男の背中を見て、悔しそうに奥歯を噛みしめると言った。
「お前は何者だ?」
ギリの問いに、男はこう一言答えた。
「俺はダンテ。1000年前から来た剣士だ」
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